駅前の繁華街から少し入ると、暗い住宅地が続く。
下町ならではの狭い道を通って、奈々子のアパートまで歩いた。


正直、奈々子は緊張している。
家までおくってもらうのは、もちろん初めてだ。


部屋にあげた方がいいのか。
いや、付き合ってないのに、そんなことできる訳がない。


結城は手をつながない。
今日は一度も奈々子に触れてきていなかった。

なんだろう。
なんだか、不安だ。


ぽつぽつと街灯がついている。
一戸建てやマンションからは、部屋の明かりがもれている。
静かだ。


奈々子は緊張を解くことができない。


本当に、これじゃ、身体がもたないよ。


すると横の方から、ぱっとフラッシュの光があがった。


びっくりしてそちらを向く。
女の子が一人、スマホをこちらに向け立っていた。


「あ、また撮られちゃった」
結城が苦笑する。


そのまま通り過ぎようとすると、女の子が側によってきた。


若い。
十代後半ぐらい。
ロングの髪を頭の上に結い上げている。
顔は小さく、手足が細く、長い。
身長は奈々子とおんなじぐらい。

その子が、じっと奈々子をにらみつけた。


不穏な空気に、結城が立ち止まる。


「何か御用ですか?」
結城が優しく訊ねた。

その子が「わたし、確認したくて」と言った。

「最近、その人と出かけることが多いみたいですが、特別な子ですか?」


あまりにもストレートな言い方に、奈々子はびっくりした。


「どうかな? 僕は君のことを知らないのに、その質問に答えなくちゃだめかな?」

「わたし、あなたのこと、ずっと見てきました。雑誌の小さなスペースに最初に写ったその時から、ずっと追っかけてきました。ファンなんです。私のブログには読者が五百人います。あなたの毎日に感心がある子がそれだけいるってことなんです」

「でもそれって、プライバシーの侵害じゃない? 僕は別に許可してないよ」

「知ってます。でも、あなたほど目立つ人が、社会の中にまぎれるなんてこと、無理なんです。芸能人のプライベートが記事になるように、あなたの毎日も記事になる。」

「そういうものかな?」
結城が首をかしげる。

「この人、今まで一緒にいた女性とは、全然違います。ブログの読者が、気にしてるんです。だから勇気を出して、聞いてみました」

「自由に書いていいよ」
結城が言う
「特別だって言ってもいいし、そうじゃないって言ってもいい」

「それじゃ記事になりません。戸田さん」
そう名前を読んで、女性はこちらを向いた。

「どうなんですか?」


携帯を握りしめる女の子の手は、よく見ると震えている。
暗がりでわからなかったが、気をつけると顔も紅潮している。
必死に話しかけて来たようだ。


「友達です」
奈々子は言った。

「本当ですか?」

「しっくりこないでしょう?」


女の子は結城と奈々子を代わる代わる見る。


「私のせいで不安にさせてしまって、本当にごめんなさい」
奈々子は頭をさげた。
「この人と出歩くときは、もっと気をつけるべきでした」

「……いえ、そんな……」
女の子は恐縮しはじめた。
最初の勢いがなくなってくる。

「私と歩いていても、気にしないでください。空気みたいなものですから。写真をとる時には、彼だけを。誰も私の顔を見たいって人はいないと思いますし。いいですよね」
と奈々子は結城に言う。

「まあね」

「もう遅いし、駅までの道も分かりづらいので、送ります」

「い、いいです」
女の子は首を振った。

「すいませんでした」

「またね」
結城は女の子に手を振る。


女の子は顔を真っ赤にして、その場から駆け足で去って行った。


その後ろ姿を見ながら、奈々子はほっとする。
視線を感じて見上げると、結城が顔を見ていた。


「怒らないの?」

「あの子に?」

「うん」

「だって、必死でしたよ。あの子は須賀さんのことが好きで好きでたまらないんです」

「でも謝る必要はないよ。悪いことなんか、一つもしてない。おかしいのはあっちだ」

「人を非難するよりも、自分が悪かったなって思う方が、よっぽどいいです。人を責めるのは、しんどいから。ああ、でも須賀さんは写真に撮ったりするの、辞めさせたかったですか? 私勝手に、写真とってもいいよ、だなんて……ごめんなさい」

「……いいよ。別に。それはもうとっくにあきらめてるんだ。びっくりしたね、行こう」二人は並んで歩き出した。