「明日どこかに行く?」
結城が訊ねた。

「……そうですね」
奈々子はなんとなくうなずいた。


土曜日の夜。


暗い店内。
半個室のタイフードのお店だ。
タイミュージックが流れ、なんとなく異国にいるような気分になる。


「そっちにいくよ」と言われ、奈々子の近所のお店で待ち合わせをした。
ただし、奈々子はこのお店は初めてだ。


「聞いてる?」

「聞いてます」

「いつ、です、ますがとれるの?」

「さあ」


奈々子は結城を見て思う。

この人、いったいどんなつもりなんだろう。
珠美が「あれは、実質の告白だよね」と言っていた。
そうかな。わからないや。

奈々子は一口、カクテルを飲んだ。


結城はデニム地のシャツに、カーキ色のパンツを合わせている。


女性と言っても通るような、きれいな顔立ちに、男性的な骨格。
憂いを帯びているような表情で奈々子を見る。


落ち着かない。


「俺と一緒に出かけたら、彼氏に怒られる?」

「別れました。知ってるくせに、意地悪ですね」

「別れたんだ。じゃあ、奈々子さんはフリーだ。俺とおんなじ」

「はあ」

「暑いからプールにでも行く?」
結城がさらりと言った。

「は? だ、駄目です」

「なんで?」

「それも察しがつくはずなのに、意地悪ですね」

「わかんないよ」
結城が笑う。

「心臓に悪いから、本当にやめてください」
奈々子は横を向いた。

「ゴメンゴメン。もういじめないから」
結城がほおづえをついて、奈々子を見る。
奈々子は心臓の音を聞かれてしまうのではないかと心配になった。


「そういえば」
結城が携帯を取り出す
「今日試合があったんだった」

「なんのですか?」

「サッカー」

「好きなんですか?」

「まあまあ。結果が気になる程度に」
結城は携帯でネットを開く。
映像付きのニュースにアクセスしたようで、携帯から歓声の声が流れた。

「うわ、くやしいなあ。負けちゃった」

「日本が?」

「うん」

「大事な試合?」

「それほどでもないけど。でも因縁の相手だよ」

「へえ」
奈々子は結城の手元を覗き込む。


画面では相手チームの選手が、全身で歓びを表現して、フィールド内を走り回っている様子が写されていた。


「うれしそう。よかったですね」
奈々子は思わずそう言った。

「負けたんだよ?」
結城が不思議そうに言う。

「ああ、そうだった。あんまりにもうれしそうだったから、よかったなあって思っちゃったんです。日本は次、勝てたらいいですよね」
そう言った。

「だね」
結城が優しく微笑む。

奈々子の心臓はドキっと跳ね上がった。


この調子では、奈々子の身が持たない。
いつになったら慣れるんだろう。
拓海は慣れたと言っていたけれど、奈々子には永遠にそんなことはおこらない気がした。