「ええ?!」
待ち合わせの場所で、奈々子は大きな声を出した。
珠美と腕を組んだのは、吉田製薬の林さんだった。
人のよさそうな顔で照れくさそうに笑っている。
「冗談?」
「マジ」
珠美も照れたように笑う。
そして奈々子の耳にこっそりと
「吉田製薬の人、みんな手が早い」
と言った。
奈々子は苦笑した。
邦明は仕事の関係で遅くなるという。
奈々子はまだこの場に邦明がいないことに、ほっとした。
どんな顔をして会えばいいのか。
連絡を取らなかったことを、どう謝ればいいのか。
三人は並んで歩き出した。
夜の恵比寿。
吉田製薬はここから徒歩十分程度の場所に本社がある。
「こんなところまで出てもらっちゃって、すいません」
林さんが頭をさげる。
「いえいえ、ぜんぜん」
奈々子は首を振る。
「それより、びっくりしました。いつの間に?」
「いや、おはずかしい」
林さんが恐縮すると、珠美が
「後でたっぷり話してあげる」
と言った。
週半ばの夜。
人々は駅に向かい歩いて行く。
お盆をすぎると、なぜか秋の気配がしてくる。
気温は相変わらず高いし、むしむししているけれども、風の中に季節が変わった匂いがする。
奈々子は夜空を見上げる。
雲が出ている。
突然の雨にならなければいいけど、と思ってから、奈々子は結城と初めてちゃんと話した日のことを思い出した。
雨と、
雷と、
あの人の香り。
代官山方面に昇る坂の途中のお店に入った。
珠美が「あ、電話」と言って、携帯を鞄から取り出す。
「もしもし。うん、どこ? そうそう。今私たちもついたところ。待ってるね」
「邦明さん?」
「うん。もう駅についたって。すぐ来るよ」
奈々子は緊張で首がこわばる。
そんな様子をみて珠美が
「大丈夫。奈々子は経験がなくて、びっくりして、こわかったから連絡を返せなかったって言ってある。邦明は優しいから、怒ったりしないよ」
と言った。
奈々子は感謝の意を込めて、うなずいた。
お店はおしゃれな居酒屋という感じで、四人がけのテーブルがいくつか並んでいた。
入り口付近のテーブルに座る。
「まずビールで」と、三人はオーダーした。
並んで座った珠美と林さんは、お互い密着して座っている。
「ねえ、何歳離れてるの?」
奈々子は聞いた。
「八歳」
珠美が言う。
「結構離れてるね」
「たいしたことないよ」
珠美は運ばれて来たビールに口を付けてから答えた。