走りながらゆきの携帯に電話をかける。


呼び出し音が耳元で鳴っている。


でない。
くそ。


拓海は全速力でゆきの家に向かった。


沈む太陽が拓海の背中を照らす。
吸い込む空気は埃っぽくて、むせそうになった。
喘ぐように息をして、コンクリートを蹴り続ける。


あの日の、あの部屋の光景が、目の前をちらつく。

真っ赤な血と、
自分の泣き叫ぶ声。

彼女が命の光を失う、
その瞬間の瞳。


あの角を曲がると、ゆきのアパートだ。
白いモルタルの外壁のアパートが見えた。


彼女の部屋の扉を勢い良く引いた。
鍵がかかってる。
けれど窓からは蛍光灯の光が漏れていた。


誰かいるんだ。


拓海はチャイムを押す。
中で誰かの気配がしている。


扉が壊れるくらい、何度も叩いた。


気持ちが急く。
恐ろしさで気分が悪い。


すると扉がほんの少し開いた。

男が顔をのぞかせる。
先日道で見かけた男だ。
ポロシャツに短パンという姿。
髪は短く、ブラウンに染めている。


「何か?」
男は部屋の中をのぞかせないように、身体で立ちふさがる。

「彼女いるんでしょう?」

「お前には関係ないだろう?」
顔をしかめ、男は言った。


拓海は足を扉の隙間に入れて、ぐっと扉を引っ張った。
小柄で力のなさそうな拓海がそんなことをするとは想像できなかったのだろう。
男は「うわ」と声をあげて退いた。