お盆が明け、再び預かり保育の一週間。
少ない人数の保育は比較的楽だ。
飯田先生は、新学期の準備で忙しい。
拓海とゆきが主に子供達の世話を行う。
実家へと送る電車の中で、ゆきは
「もうご迷惑はおかけしません」
と言った。
規則的に揺れる車内。
風景はどんどんと緑を増して、高い建物の数はぐんと少なくなった。
車内の温度設定は寒いくらいだったが、電車の扉が開くたびに蝉の声と、むっとした熱風が吹き込んだ。
ゆきはうつむき、両手を膝の上で組んでいる。
彼女の華奢な腕は電車が揺れると、拓海の腕に触れた。
ゆきは座り直し、拓海との距離をあけた。
彼女の顔から明るい表情は消え、沈み込んでいる。
それはストーカーにつきまとわれているからではなく、拓海が昨日冷たく彼女を退けたからだ。
「新しい引っ越し先も、わたし一人で探せます」
「……わかった」
拓海は頷いた。
ゆきを拓海から遠ざける必要がある。
あまりにもゆきは拓海に近づきすぎた。
ゆきを気にする自分と、ゆきを避けたい自分との間で、拓海は葛藤していた。
「拓海せんせい」
子供の声で、我に返る。
「何?」
「でちゃった」
りくとが泣きそうな顔をしている。
見るとズボンがずぶぬれだ。
トイレに失敗したらしい。
「大丈夫だよ。おいで」
拓海はりくとを抱えると、トイレにつれていく。
子供用の小さなトイレが並ぶ。
濡れたズボンとパンツを脱がせ、汚れた身体を備え付けの小さなシャワーで洗ってやった。
幼稚園で保管している予備の衣類に着替えさせる。
恥ずかしそうにしていたりくとも、さっぱりしたのか笑顔になった。
「ねえ、拓海せんせい」
「何?」
拓海はズボンをはかせながら、答える。
「ゆきせんせいと、けんかした?」
拓海は驚いて目をあげる。
りくとの顔は真剣そのものだ。
「けんかしてないよ」
「ほんと?」
「うん」
「けんかはダメって、おかあさん言ってた」
「ゆき先生とは、仲良しだよ」
「よかった」
りくとは手を石けんで洗うと、ポケットから小さなハンカチをだし、ごしごしとふいた。
ハンカチを丸めてポケットに突っ込む。
りくとは駆け足でクラスへと戻って行った。
仕事には影響させないよう注意していたつもりだが、たしかにゆきとの間にはちょっとした緊張感が漂っていた。
子供は敏感に察するんだな。
気をつけなくちゃ。
拓海はりくとの汚れた衣類をたらいに入れて、じゃぶじゃぶと洗う。
ぎゅっとしぼって、ベランダの柵の日差しのあたるところに干した。
りくとが帰る頃には乾くだろう。
ゆきは園庭で、水遊びをしている。
彼女が飛び跳ねると、ポニーテールが揺れる。
太陽のまぶしさに目を細め、顔にかかる水しぶきを腕で拭う。
こんなにも彼女に惹かれている。
そう思ってから、拓海は頭を振った。
これは一時の気の迷いなのだから。
そう心に言い聞かせた。