来週からお盆休みだ。
今週は希望者だけの預かり保育があるだけだ。
拓海は園庭に続くデッキの上に立ち、真っ青な空を見上げた。
園庭に植えられている木々にはたくさんの蝉がつき、大きな声でないている。
子供達は水鉄砲で蝉を撃ち落とそうとしていた。
「かわいそうだから、やめてあげて」
白いTシャツにショートパンツのゆきが、子供達に大きな声で話しかけていた。
「じゃあ、ゆき先生に」
年長の男の子がそう言うと、子供達は一斉にゆきに水を浴びせかける。
あっという間に全身がびっしょりとぬれて、ゆきは園庭を走って逃げ回っていた。
水に太陽の光があたって、一瞬の虹を見せる。
水着姿の子供達は、裸足で園庭を駆け回る。
一人の子が蝉の捕獲に成功したようだ。
びしょぬれのゆきに、蝉を見せようと近づく。
ゆきは小さな手に捕まえられた蝉をみて
「よく捕まえられたね」
と、その子の頭をなでる。
「知ってる? せみさんって、本当に短い間しか生きられないの。だから離してあげようよ」
最初は渋っていた子供も、ゆきの説得でそっと手から蝉を放す。
大きな音を立てて、蝉が飛び回り、ゆきは子供と一緒に蝉を見て
「ほら、木に帰ってった」
と指差した。
そういえば鈴音は蝉が嫌いだった。
背中についた蝉を「とって」と涙声で訴えた。
もう随分昔の話。
彼女の顔もはっきり思い出せない。
それなのに。
それなのに、この喪失感が消えることはないのだ。
拓海はポケットから、りなの父親の携帯番号の紙を取り出した。
まだ電話をしていない。
電話をして、何を話すのだろう。
殴られ、罵られ、幼稚園から出て行けと言われるのだろうか。
顔をあげると、ゆきが拓海を見ていた。
拓海は目をそらし、背中を向けてクラスの中に入って行った。