「ど、ど、どういうこと?」
珠美が口をあんぐりと開けて、奈々子の顔に見入る。
奈々子は顔を隠して、大きな溜息を一つついた。
月曜日のお昼休み。
奈々子は珠美を誘って近くのパスタ屋へと出て来た。
診療所の他の人たちには聞かれたくない話だった。
「どうやって顔を合わせたらいいのか……」
奈々子は頭をかきむしりたい気持ちだった。
個人経営のイタリアンレストラン。
狭い店内に四席ほど。
テーブルにはビニールがかかっていて、メニューは手書きだ。
ランチのパスタにサラダとコーヒーがついている。
頼めばデザートもセットにできる。
今日のパスタはボンゴレビアンコ。
デザートはすいかのムースだ。
「だけどさあ」
珠美はパスタを口に運びながら話す。
「手が早いね。さすがだよ」
「どうして誘われたんだろうなあ」
「だねえ。担当の診療所ごとにお気に入りがいて、順番に誘ってるのかな」
「だとしたら、本当に……恥ずかしくて」
「でも、奈々子は偉いよ。よくダメって言えたよね」
「必死で」
「そこまでされたら、私ならふらふらと、ついキスしちゃうと思うけど。遊ばれてるとわかっててもね」
「そう?」
「だって、あの顔でしょ。拒否はできないよ」
珠美は夢見るような顔をする。
「わたし……初めてだったんだもん」
「え? 何が?」
「キス」
「……嘘でしょ?」
「本当」
「うわ。じゃあ、身構えるよね」
「でしょう? 初めてはやっぱり、大好きな人と、気持ちが通じ合って、とか考えるじゃない?」
「ティーンネージャーみたいなこと言ってる。でもわかるよ」
「あんな風に、なんていうか、気軽にされたくないの」
「奈々子……彼氏を作ったほうがいいよ。須賀さんじゃない、誰かね。あの人はちょっとハードルが高すぎる。あれはもう、見てるに限る男よ」
「……うん」
「紹介してあげよっか」
「本当?」
「今、彼女募集中の友達、結構いるよ」
「珠美は付き合わないの?」
「実はわたし、彼氏いるの」
奈々子はびっくりして珠美の顔をみつめる
「うそ!」
「本当」
珠美はぺろっと舌をだした。
「わたしの知ってる人?」
「どうかな」
珠美は含みのある言い方をする。
「教えてよ」
「いつかね。紹介するから」
「ほんとよ」
奈々子は笑ってコーヒーを飲んだ。
「奈々子、友達と会ってみる? こういう言い方はなんだけど……気楽だよ。身の丈にあった彼」
「だよね」
奈々子は現実離れした容姿の結城を思い出し、肩を落とした。
「すぐ連絡してあげる。須賀ショックは、楽しい恋で解消するの」
「須賀ショックって」
奈々子は笑った。
「待ってね。今メール入れてみる。向こうも昼休みだと思うから」
身の丈にあった彼。
珠美の言うことはもっともだ。
結城は奈々子の常識からかけ離れている。
いつも注目を浴びて、いろんな女の子と遊んで、気軽にキスをする。
とてもついていけない。
「今夜、会えるって」
珠美が顔をあげる。
「え? 今日?」
「うん。奈々子に何も予定がないなら、一緒にご飯しようよ」
「……うん」
奈々子はうなずいた。