彼が入ってくると、空気が変わった。
自動扉が開くと、外の熱気が冷えた待合室に流れ込む。
受付でキーボードに患者のデータを入力していた奈々子は、気配を感じて目を上げた。
馴染みの製薬会社の営業さんが、額の汗を拭いながら頭を下げて入って来る。
そして、彼が入って来た。
隣にいた珠美も息をのんだ。
奈々子は思わず立ち上がり、つられて珠美も立ち上がった。
「おはようございます」
汗をかいた林さんが、受付で再度頭を下げた。
奈々子も林さんの背後に立つ彼を気にしつつ「おはようございます」と頭を下げた。
「あついですね」
林さんは半袖ワイシャツの胸ポケットから白いハンカチを取り出し、にこにこしながら額の汗を拭き取った。
「ええ、本当に。おつかれさまです」
奈々子は言った。
「先生、いまちょっとお時間ありますか? 引き継ぎのご挨拶をさせていただきたいんで」
林さんは背後の男性に目をやりながら訊ねた。
奈々子は、待合室の子供を連れた二人の母親を確認してから「少しお待ちください」と伝える。
ちらりと珠美の方をみると、背後の彼に釘付けになっているようで、身動き一つせず口を開けている。
奈々子は席を立つと、後方のドアから診察室の方へと入っていた。