入ってきたのは一人の女性。

どこか不思議な雰囲気で、彼女の周りだけ違う時間が流れているように見える。

真紀は彼女を手近な席に案内すると急いで杏樹を呼びに行く。


一人になった彼女はキョロキョロと店内を見渡し、不安げな表情を見せる。


「いらっしゃいませ…って、なんだ……姫じゃないか」

慌てて出てきた杏樹はため息をつく。その様子を見て女性はムッとして立ち上がり杏樹に近づいた。

「なんだ、じゃないわよ。折角来たのに…それに何この店、喫茶店かと思ったわ。」

姫と呼ばれた女性の言葉に真紀は軽く店内を見渡す。

確かに、机と椅子が何組か置いてあり一見すると喫茶店のようだ。

杏樹は困ったように頭を掻く

「まあ、もともと喫茶店だったのを改装したらしいからね。今更レイアウトを変えるのもなんだし…ていうか、わざわざクレームつけに来たわけじゃないでしょ?どうしたの?」

喋りながら杏樹は椅子に座ると向かいの椅子に姫も座る。
真紀が二人のために飲み物を用意しに行ったのを見送ると姫が話し始める。


「あの子、新しいアルバイト?……そう、今度の子は長く続くといいわね。
それで、相談なんだけど…」

肝心の所で姫は俯いてしまう。
黙っている間に真紀が持って来てくれたコーヒーを一口飲むとゆっくりと話しはじめた。

「記憶を預かって欲しいの。私のじゃなくて、他の人のなんだけど…」

というと姫は一枚の写真を杏樹に見せる。
写真には二人の人物。姫と、優しそうな男性のツーショットだ。

「かっこいい人ですね!彼氏さんですか?」
写真を見た真紀が興味津々に尋ねると杏樹に小さな声で嗜められた。
彼氏、という言葉を聞いた時、姫の表情が少し強張ったからだ。


「そうねぇ…彼氏といえば、彼氏なのかもね。」

ため息混じりに姫は呟く

「彼の、元恋人の記憶を預かって欲しいの。できる?」