彼をはじめて見たとき
あたしの心が大きく跳ね上がったの。
袴姿で竹の弓を引いている立ち姿。
優しい風が吹いてあなたの袴を優しく揺らして
あたしが瞬きした瞬間に
パンっと矢が的に当たるすごくいい音がした。
あなたの凛々しい立ち姿
中学生とは思えないほどの整った表情に作法。
弓道のことなんて全くわからないあたしから見ても
彼の弓を引く姿は
素晴らしいと思ったの。
そんな彼にあたしは一目で恋をした。
今日もあたしは弓道場で行われている練習を見にきていた。
でも今日は高校生が道場を陣取ってるみたいで
中学生の姿はない。
もちろん、あの人の姿も……
あの人がいないと知って
あたしは大きくため息を吐いた。
なんだ、今日はいないのか……
ってやっぱりあの人中学生だったんだ。
あたし、高校生にもなって
中学生の男の子好きになるなんて…
あたしはまだ好きな人の事をよく知らなかったとき
好きな人がやっぱり中学生だと思ったときはものすごく落ち込んだ。
あたしはどちらかと言うと
年下は絶対嫌だったのに……
そんな事を考えてまた大きなため息を吐いて
背中を丸めて弓道場から離れようとしたとき
「わっ!」
どんっ!
あたしは何かにぶつかった。
壁より柔らかいけどなんか固いものに……
それにさっきの「わっ!」って声は
男の子みたいだったけど……
あたしはぶつかった何かから離れて
ゆっくりと自分の頭を上げる。
「すみません、えっと……大丈夫ですか?」
ぶつかった何かは男の人で
あたしの両肩を優しく掴んで心配そうな表情をしてそう言ってきた。
太陽の光に反射して
顔がよく見えない……
「あ、えっと……大丈夫です」
あたしは目を細めてその人を見上げる。
すると、その男の人の笑う声が聞こえた。
「はは、俺のこと睨むほど迷惑だった?」
なんて、楽しそうに言ってきた男の人。
は?何言ってんの?
その言い方はちょっと失礼なんじゃない?
あたしは今日、好きな人が中学生だと知り
そのうえ、今日は弓道場に居なかったことが重なり、結構落ち込んでいたわけで……
その挙げ句、知らない男の人にちょっとひどい事を言われて……
ムカつかない人なんていないんじゃない?
そう考えたあたしはその人の胸ぐらをグッと掴み、自分の顔に近づける。
「女の子にそんな事言ったら誰にも相手にされないよ」
近づけた男の人をキッと睨みつけてそう言ってやった。
でもそのとき、太陽が雲に隠れて
その人の顔がはっきりと確認出来てしまう。
「え………………?」
自分の口からバカみたいに力が抜けたみたいな声がする。
あたしは驚きのあまり、
その男の人の胸ぐらを掴んだまま硬直してしまった。
男の人は目をぱちくりさせながら
硬直して動けないあたしのことを見ている。
そしてにっこりと微笑むと
「ごめん、ごめん。
ちょっと意地悪したかっただけ」
そう言ってあたしの頭をぽんっと撫でるように触れると今度はあたしの耳元で
「ほんとにごめんね?
許してね、お姉ちゃん」
そう呟くように囁かれた瞬間
弓道場に矢が的に当たる音が響き渡る。
その男の人はスタスタとどこかに消えてしまって
それでもあたしの固まった体は全く動いていくれくて
ただただ男の人………ううん
あたしの好きな人が去っていった方向をずっと見続けることしか出来なかった。
どきどきと高鳴る鼓動。
ただ気になってるだけだったのに
これは、この気持ちはすっかり恋に変わってた。
気になって………
あの人のことが頭から離れない。
あぁ、せめて名前だけでも聞いておけばよかった。
そんな小さな後悔があたしの心をキュッと掴んでくる。
苦しい………。
息がしにくい。
あの男の子のことを考えるだけで…。
あたしは勝手に熱くなってしまった自分の頬に触れる。
「いい匂い……したな」
男の子が近づいたときに一瞬だけ香ったいい香りを思い出し、自分の体から湯気が出るんじゃないかってぐらい体を熱くした。
これが恋。
そのときは軽い気持ちで思ってた思い。
見てるだけの小さな幸せだった。
そのはずだっての。
まだ光太君のことも知らなくて
まだ美夜とも友達になってなかったとき
あたしはそうして光太君に出会って
恋をして
そしてこれから
辛くて悲しくて………
そんな恋が始まるなんて
このときのあたしは知る由もなかった。