男の人に黙って付いていくと次第に人が多いところに来て。
沢山の人が行き来を繰り返す中、紺色の制服を着た男の人からその男の人は何か紙を…切符を、買っていた。
そういえば○○駅とかこの建物にそう書かれているのを見たような…。
「おいで、琉卯」
懐かしいというか何と言うか。
同じような場所があるんだなーと思いながら辺りを見ていた時。
不意にそんな声が聴こえて顔を向けると主人が私に来い来いと手で言っていた。
るう……が新しい私の名前か。
「はい」
距離は置いてあったけど別に逃げる気はなかったので彼の傍に行き、その後をついていく。
階段を登って、降りて…そんなことを繰り返してホームに着き、緑色の横長の普通電車に足を入れた。
中は簡素であまり人がいなかった。
壁側にくっついてる車体と同じく黄緑色の席に並んで腰を下ろす。
…数分後、独特の音を出してプシューと扉が閉まった。
束の間体が右に傾いた後、そのまま進行方向に向かって走り出す。
「……」
何気なく、視線を窓に向けた。
洋風なレンガ造りの家ばかり並ぶ平地。
小高い丘。
木の壁…コンクリートの壁。黒くなる窓の景色。
「       」
何か話しかけてきた気がしたけど聞こえなかった。
まぁ別に大丈夫だろう。
大したことじゃなかったみたいだし、その後話しかけてくることもなかったから。
「…え…」
同じような景色が続いて飽きてきたなーと思う頃。
何回目かの駅を越えた所で…ソレ、異変は起きた。
いきなりスローモーションみたいな風になって、近くなる程に早く。
目から通り過ぎていた景色がゆっくりと目の前を通過して。
かと思ったら次の瞬間には屋根瓦などの家や洋風な屋根の家々が並ぶ…畑に山の景色。
レンガ造りの家はどこかに消えてしまった。
それにお城も。
山と畑は変わりないけど家…建物がまるっきり変わってしまった。
○○電気とかいう大きな看板を持った電気屋さんとか…変な怪しいホテルとか。
スーツ姿で電車に乗ってくる男の人。
制服姿で乗ってくる同じ学生さん。
「……」
何、コレ…。
さっきまでは全然違う雰囲気だったのにいきなりこんな、日本…見慣れた光景が……。
「行くよ琉卯」
何本目かの駅で突然手を引かれた。
毛深い太い腕が私の腕と組んできて。
気持ち悪い…とかううん、今はそれどころじゃない。
どこなのよ、ここ……。
えーと、まずは降りた駅をチェック…駅名を……ってちょっと、新しい主人サン足速い……!

「………」
……結局駅名確認出来なかったし…。
というか今、なんか鉄筋コンクリート建てのボロいアパートの一番奥の部屋のドアの前にいるけど、やっぱり…この人は貧乏だった訳ね。
にしても一体どこからあんな大金が…何か特別な職業でも?
「はい、琉卯中に入っていいよ! …ってちょっと待って!!」
自分は脇に反れて手招きされたので中に入ったけど、狭いけど意外と綺麗な玄関だなーと思ってるといきなり我先にとドタドタと家の中に入ってしまった。
…何なの、いきなり中に入れとか言っときながら待ってとか…。
とりあえず言われたので素直に待ちますよ、ウン。
なんか掃除機を掛ける音とか窓を乱暴に開けてパンパンと何かを叩く音とかが聴こえる。
……あんた、彼女を連れてきたんじゃないんだからさ…。
別にどんなに汚くても平気だよ。
もうあんた自身が汚いんだからさってそれは禁句か。
「いいよー琉卯」
大して部屋が大きい訳でもないのにどこからか遠く感じる声に呼ばれ私は足を進めた。
…第一の感想は、「なんだ、やっぱり狭いじゃん」。
畳何枚か、ぐらいの居間兼寝室。
壁に襖があって隅の方には引きっぱなしの布団。
部屋の中心にはテーブル。
置いてあるのは卓上電気スタンドになんか良く判らないけど女の子の人形と…それから頭の上に変な丸い…カメラか何か? がついてるノートパソコン。
家具はタンスとテーブルと布団…ぐらいかな。
多分襖の奥に色々と…この人のことだからフィギュアとか色々あるんだろう。
そして掃除機…とかも。
あ、よく見たら小さい箒と塵取りなんかは部屋の隅の方に置いてある。
一緒に置くことないのに…。
「(というかテレビないってことはつまらなくないのかなぁ。あ、でもパソコンあるんじゃそれで大丈夫なのかな。なんかネットに繋げるみたいだし…)」
パソコンの裏から伸びている色んなコードの一本が、そのうち壁へと伝ってる。
ええと電話は……あ、パソコンの隣か。
気付かなかったよ。
電話があるんじゃ、この人がいない隙に警察に電話して保護…てことも考えたけど。
お父さんお母さんが引き取ってくれる気配はないし、施設入りとかそんなの嫌。
というかまた売られたら冗談じゃないからその思考は打ち消した。
台所は入ってくるときに、左側にあったのを見つけた。
トイレと風呂場は…多分、その反対側だろうな。
きょろきょろと立ったまま辺りを見回していたら、
「いいよ琉卯、座って」
どこからか声がして見るとあの男がカップを両手に持っていて。
それぞれテーブルに置くと腰を下ろしたので私も腰を下ろした。
特に飲みたいとか思った訳じゃないんだけど。
甘い匂いに誘われてカップに口を付けた。
淡いクリーム色の…薄い茶色の渦が時々巻かれる熱い飲み物…ミルクティ?
…見れば、男の持ってるカップの中身は違う。
焦げ茶色…多分コーヒー。
若しかして軽く配慮でもしてくれたのかな?
「…っ!」
コップをテーブルに置いた途端、手首が掴まれて。
そのまま強く男の方に引かれて。
いきなりの行動に呆気に取られて、ただ自分の手首をじっと見るその男の行動を凝視することしか出来なかった。
「琉卯の手は、元々こんなに細いの?」
じっくりと色んな角度にしながら見て、言ってきた言葉。
「あ…はい」
答えたらその手は解放されて。
そのことにほっとしていると今度は奴の太い手が私の首に触れた。
掌全体で包み込むかのように優しく触れてくる。
ちょっと気色悪いと思ったけど眉尻を下げた男の暗い視線に、不思議に思った。
「傷もないし顔色も悪くない…か」
ポツリと独り言なのか、そう呟いて。
…次には、男の手は首から離れた。
「良かった、手遅れにならないで」
そう言って浮かべた笑みは、害のないイヤらしくもない優しい笑み…。
どういう意味なのかわからないけど、やっぱり傷のあるモノは買いたくないと思うのかな?
でもなんかさっきの人の口ぶりからすると……。
「ところで琉卯、シャワー浴びる? お風呂はまだちょっと無理だけど…おまえだって体綺麗にしたいだろう?」
その言葉に一気にまた警戒心が強まった。
ちょっと待ってよ、あんたの気持ちも分らなくはないけどさ。
でもそんなまだ…お茶飲んだくらいしか…。
「(いやいや男ってものはやっぱり早いものなのか…でもちょっと待ってよ) あ、いえ私まだ……」
「遠慮しなくても覗くとかそんなことはしないから」
そりゃそうだろうなぁ。
多分この男は、「楽しみは後にとっておく派」。
「勿論服は用意しておくから。お金ない分、貰い物で悪いんだけど……」
立ち上がって風呂場を紹介しようとする男に私はついに降参。
黙って男の後を付いていき、
「じゃあ服、ここに出しておくから」
と言って脱衣所の戸を男が閉めたのを見て覚悟を決め、衣服を脱いだ。