久しぶりに入る自宅のリビング。


ダイニングテーブルに腰掛けることはあっても。


ソファーに座ったことは、ほとんどなかった。


「コーヒー淹れてあげる。座ってて」


「うん」


ここにこうして座るのも、実に久しぶりだ。


部屋の様子は、あまり変わっていないようだ。


ただ、杏ちゃんの物が結構増えたような気がする。


「今日、杏ちゃんは?」


「今は幼稚園に行ってるの。

14時にお迎えなのよ」


「ふぅん…」


しばらくすると、コーヒーの良い香りが広がって来た。


母親はテーブルにマグカップを置くと、俺の向かいに腰を下ろした。


「あのさ」


「ん?」


「今日俺、パン屋を退職した」


俺の言葉に、母親のコーヒーを飲む手が止まった。


「そう…」


何事もなかったように振る舞う母親。


こういうところが、俺って母親に似ているのかな。


「アンタ、師匠に話したんだってな」


俺がそう言うと、母親はわざとらしい咳払いをした。