「師匠…」


「ん?」


「千春さんの足のこと…。

本当にすみませんでした…」


深く頭を下げると、師匠はふぅと長い息を吐いた。


「隆治君、いいんだ。顔を上げて…」


そう言われて、俺はゆっくり頭を起こした。


「僕はね、千春が陸上を辞めて、実はホッとしている部分があるんだ」


「え…?」


それはどういう…?


「毎日必死に練習をして、大会では良い成績を残さないといけない。

そのプレッシャーってものすごくあるし、それでも世界の壁は厚いわけだしね。

仮に大きな大会で良い成績が残せて、一瞬の栄光に浸ったところで。

いつか体力の限界が来て、辞める日が来るんだ。

その時に娘がどう感じるのか。

僕はそのことの方が心配だったんだ…」


優秀なスポーツ選手が引退した時。


確かにその時、これからの人生をどうするか。


すごく考えるだろうな…。


「娘だって心の奥底では、ホッとしている部分があると思うんだ。

練習がきつい時も、正直あっただろうからね…」