あの事故の日から、ただがむしゃらに突っ走って来たけど。


なんだか急に力が抜けてしまった。


売れ残ったパンを見ては、ため息をつく毎日だった。


どんなに努力したって、ダメなことはある。


俺にはきっとパンを作る才能がないんだ。


落ち込んでいる俺を見て、奥さんも千春さんもすごく心配していたけれど。


無理に笑顔を作る事なんて出来なかった。


そんなある日のことだった。


千春さんが大学から帰って来て、こう言ったんだ。


「今日大学にパンを持って行ったら、長谷川君のパンを友達がすごく気に入ってくれて。

また食べたいって言ってたよ」って。


嬉しそうに、目に涙を浮かべながら、そう言ってくれたんだ。


俺、その言葉でパーッと目の前が明るくなったんだ。


俺の味を気に入ってくれた人がいた…。


そのことがすごく嬉しくて。


その人がどんな人かは知らないけれど、一人でも俺のパンを気に入ってくれる人がいるなら。


その人のためにパンを作ろう。


もう一度頑張ろうって、そう思ったんだ。