知りようのなかった結界石の破壊の理由、それが聞けるのであれば断る理由などある訳がない。

「…ああ。ある。」

「ほな決まりやな。」



界の扉の間。

相変わらず方角も何も分からない景色のなか、カルサたちはテスタが居とする管理空間に向かった。

そして今は先頭を行く紅に連れられて歩いている。

「あの人らは?」

あるタイミングで別れた側を思い出して紅が尋ねた。

いまここにいるのはカルサと貴未、そして紅の三人だ。

「別室で待ってるって。」

「気い利かせてくれたんやな。」

特にありがたみを含まず答える紅にカルサも貴未もひっかかりを感じた。

「まあ分からんか…陰で監視してたやろうけど聖のこともようは知らんやろしな。」

思わず耳を疑う程だ。

これまで彼女と言葉を交わしてきたことは何度だってある、仲間として親しくしていた期間も長かったのに始めてだった。

紅はこんな言い方をする人だったか。

信じられない思いでカルサと貴未は互いに顔を合わせた。

「ここやで。」

少し離れた扉を紅が指し、やがてその前で足を止める。

手をかざすだけで扉が自動的に開き、真っ白で無機質な部屋が姿を現した。

部屋の中心に一つ、何かがあることは遠目にでもよく分かる。

紅が進んだことをきっかけにカルサたちも中へ踏み出した。
次第に速まる鼓動、近付くことで鮮明になる正体に緊張も高まっていく。

あれは寝台だ。あそこに聖がいる。

それは幾重もの術をかけられていることが明白で、寝台を包むようにまじないの帯が廻っていた。

中がどうなっているのかはよく見えない。

歩きながら目を凝らすが帯がそれを拒むように執拗に回り続けていた。

「カルサ、貴未。」

前を歩いていた紅が振り返り、戸惑いをもつ二人と真正面に向き合う。

「こん中に聖がおる。見ての通り呪符がかかっとるけど、あんたらには害はないから中に入れる。」

何の感情も感じさせない表情のまま告げられた状況にカルサは顎を引き、貴未は頷くことでそれに答えた。

二人とも覚悟は出来ている、それが分かると紅は先に呪符の奥へ入っていく。

示し合わせた訳ではないが、カルサと貴未も同時に足を踏み出し紅の後に続いた。

「…来たで。」

紅の声が響く。

術の中にあったのは一つの大きな寝台、そしてそこに寝かされていたのは。

「聖…?」

ある程度の予想はついていたし覚悟はしていたが、それ以上の衝撃が走って反応が鈍く出てしまった。

かろうじて出せた声は掠れていただろうか。

傍にいた紅は寂しげに微笑むとカルサの考えを代弁するように語り始めた。

「生きてるのか死んでるのか分からへんやろ。まあ…あたりなんやけどな。」

血色は悪くない、しかし良い訳でもない。

まるで人形の様に横たわる、偽物でも目にしているような気分だった。

随分と精巧なものだと良い放ちたいほどに信じがたい。

「あの襲撃の日な。うちは結界石の間におってん。」

ナルからの指示に従って結界石の間に行き、それを守りきろうとしていた。

力を送り、国全体に散りばめた結界石の欠片たちを強化して集落や人々を守る。

それが自分の役割だと信じて、仲間たちの交戦に加わることなく己の行くべき場所を目指して必死で走った。

早くしないと、勝敗は自分の肩にかかっていると焦る気持ちをどうにか抑えて平常心を保つ。

失敗は負けに繋がる予感がしていたからだ。

「術がかかった扉も開けて、必死で最上階の部屋を目指してな。ようやっと着いた思たら…部屋の扉が開いとったんよ。」

「開いてた?」

「せや。…うちの前に誰か来とった、そういうことやな。」

「誰が…。」

貴未の呟きに何かを気付いたカルサは目を見開くと視線を迷いながらも動かした。

その先には彼がいる。

「聖や。」

皆の視線を一気に惹きつけた聖はピクリとも動かない。

「一体…どうやって!?」

目を見開いて言葉を失うカルサに代わり貴未が真実を求めて紅に詰め寄った。

想定内か紅も横目でカルサを確認した後諦めた様に小さく息を吐いて続ける。

「結界を扱うんは聖のが長けとる。」

結界は一枚の板ではない、いくつもの小さな板の集合体で出来るものだ。

聖の場合はそれがより小さく、正確に、密に作れるのだと紅は小さな立方体を作って見せて説明した。

結果として、それが扉を隠す一種の結界だとすればまじないでさえも破れるのだろうと目を伏せる。

それでも自分の力もそこまで劣っていないと苦笑いして見せるが、どうにも言い訳にしか聞こえない情けなさに竦めた肩も落ちる。

「着いたら…もう結界石は壊されとった。」

紅の視線の先は再び聖に戻された。

「聖が…自分でやったって…怖い顔しとったわ。」

あの時の事を思い出す度に胸が痛む。

「理由は?」

「この国の為やって。…こんなもんがあるから…あかんのやって言うてたよ。」

「そんなの…!」

「どういう意味だ?」

反論しようとする貴未を制するようにカルサがその真意を求めていく。

本人が話せないのであれば紅に問いていくしかない。

紅は十分な時間を取って息を吐くと重たい口を開いた。

「多分な…うちらの国の事を言うてるんやと思う。大きな力に飲まれて滅んだ国やから。」

「日向の話だと存続しているんだろう?」

「統率者が違うやろ。うちらの時代の、主となってた一族は滅んだ筈や。王の名前も違うしな。」

吐き捨てるような言葉にはまだ何かが隠されている、そう悟った二人は黙ったまま続く筈の言葉を待った。

きっとそれが紅の一番伝えたい事なのだと。

「懺悔の様なもんや。聞いてくれるか?」

カルサと貴未が頷いたのを確認すると、紅は聖を見つめて話始めた。

それは二人がシードゥルサに来る前のこと、まだ彼らが太子、姫と呼ばれていた頃の話だ。



聖と紅がいたのはリンと呼ばれる場所、そこは四人の領主と帝が統率する国だった。

帝が住む本宮、それを四方に分かれた四人の領主が守り固め、東宮、西宮、北宮、南宮と呼ばれる場所から国と帝を支えていた。

彼らは帝と同じ血族、そして珍しくも不思議な力を持って生まれる特色があったのだ。

聖と紅が生まれたのは西宮、父は西宮主と呼ばれ宮と領地を治めていた。

位が高き者の名は貴いものとされ、本当の名は隠され通称で呼ばれていたこの国では聖が西宮一ノ太子、紅は西宮二ノ姫で通っていたのだ。

兄妹であっても名を呼び合うことは禁じられた。

帝の血族と呼ばれる彼らには特殊な力があり、双子である聖と紅は結界を操る力を持って生まれてきた。

それは父である西宮主も同じだったらしい。
彼らが帝の血族と呼ばれるには勿論理由があって、一つは特殊な力を持っていること。

そしてもう一つは、帝はそれぞれの宮から順番に出されていることだ。

元々は帝の兄妹をそれぞれの宮に分けたことから始まったこの国では、その血族以外の者が国を治めたことはなかった。

現在の帝が北宮から出されたのであれば次は東宮が帝を出す、建国よりそうされていたしきたりで継がれていたこの国に異変が起きたのは近い過去の事だ。

北宮から出された帝は己の死期を悟った際に次の帝を自身の子に譲ると宣言した。

すなわちそれは決まり事である東宮に引き継ぐ約束を破り、北宮から連続で帝を出すということだった。

当然反対の声が上がったが、帝が死を迎えた頃にはその声も無くなっていた。

新たに帝となった北宮の宮主はその位を幼い息子に譲って帝の位置についた、そしてまた北宮の政治が続いたのだ。

少しづつ歪んでいく政策に周囲の心は歪み始める。

我慢の限界を迎えそうだった頃、またも状況は変わった。

二代続けて帝を出した北宮はさらに次も北宮から出そうとしているのだと知らされたからだ。

それには他の三宮主が異論を唱えたが、聞き入れられなかった。というよりも口を出せなかったのだ。

帝の血族は特殊な力を持っている、それは北宮の一族も同じことで先代北宮の帝は毒を操る力を持っていた。

次は息子に帝を継がせたいと訴えれば当然ながら周囲から反対の声があがる、しかし異を唱えた者は何故か順に体の不調を訴え倒れていったのだ。

何故か。

新たに声をあげる者がいれば何らかの形で倒れていく。

何故か。

次第に異論を出すものはいなくなり、先代の死を機に新しい帝として息子が国の舵をとった。

今しかない、反旗を翻そうとした者は立ち上がったが足元を掬われてしまった。

その息子もまた毒を操り、父である先代と同じ思考を持っていたから。

水面下で動いていた者たちは次々に本宮に呼び出され、暫くは本宮内の立て直しに尽力する役目につけられた。

聖と紅の父である東宮主もその役に就き、本宮に向かう姿を見送ったのが最後、再び会うことはなかった。

北宮以外が主のいない状態になり、実質全ての権利が本宮に集約された。

それが反対の意見が無くなった理由なのだ。

宮主たちは本宮にいる、それを盾に各宮の太子たちは宮主に上がることを許されず全てに置いての決定権を持てなかった。

宮主に会わせてほしいと願っても、文を送っても無駄だった。

宮主の許可なき婚姻も許されず、後継ぎは高齢となっていく。

二代目の帝が自らの息子を後継ぎにすると宣言したのは15年後のことだった。

三代続いて北宮から帝を出すというのだ。

高齢だった帝はその位を息子に譲り、さらには側室も与えると約束したらしい。

本妻が子を授かっていないことを理由に各宮から姫を一名ずつ差し出すように命じたのだ。

宮主を奪われた宮にはそれ以降に子は生まれてはいない。

西宮も同じで幼い頃に父を奪われ、正統な後継者は聖と紅しかいなかった。

つまりは紅が側室として本宮に上がることになるのだ。

宮主がいない太子たちに拒否権はなかった。

事件が起きたのはその時期だった。

父が本宮に行ってから暫くは母が西宮内外を取り仕切っていたが、無理がたたって病に倒れ亡くなったのは10年は前のことだ。

この日もいつものように母から教えられた西宮内の指揮を執っている紅の下に聖がやってきた。

聖は宮の外である領地を、紅が宮の中を主の代わりとして取り仕切るようになった西宮は比較的安定していた。

それでも主を奪われた領民たちの帝に対する怒りは治まりきらない。

また城下でよくない話を耳に入れたのか、険しい表情の聖はまっすぐに紅を目指して進んできた。

「ニノ姫、ちょっといいか。」

有無を言わせない表情と雰囲気だと従う道しか用意されていない。

「分かりました、太子。」

手にしていた書簡を侍女に預けて紅は聖の後を追い歩いていった。

向かったのは宮主が使う執務室、今は代わりを勤めている聖が使用している限られた者しか入れない場所だ。

「人払いをしてくれ。」

「はっ。」

入口の兵士に命じると聖は中に進み机の前で足を止める。

「太子…兄様?」

ただならぬ雰囲気を感じて紅は何かと問いかけた。

距離をつめるのも躊躇われて入口に立ったまま踏み込めないでいる。

「大きな声では話せない。…近くに来てくれ。」

そんな事を言われるとさらに不安を煽られることになり、紅は緊張を高めながら足を進めることになった。

「何か…あったんですか、兄様。」

ある程度近付いても聖の口は開こうとしない。

もっと近付き、話をするのには限界の近さまで詰めた時ようやく聖が口を開いた。

「こんな話を聞いた。帝の暗殺を企む奴らがおるて…。」

「太子、そのようなこと!それにその話し方は。」

「かまわんやろ、俺らしかおらん。」

そう言われ慌てて気配を探るが、紅は不安で仕方がないのだ。

訛りの強い話し方は上流階級では好まれない、そして内容も口にするだけで恐ろしいものだった。

慌てて結界を張ろうとしたが、聖が既に施していたことに気付いて思わず息を吐いた。

「ですが…どこで誰が聞いているか分かりません。貴方はこの西宮の太子ですよ。物騒な真似は…。」

「せや。そんでお前はニノ姫や、そんなん分かっとる。やからこそ苛立っとるんやろが。」

「…それは私が本宮に上がることですか?」

苦笑いで尋ねる紅の表情に曇りがかかる。

昨日帝がいる本宮から達せられた命には、各宮から側室として姫を差し出せとあったのだ。

西宮は紅以外に当てはまるものはいなかった。

「仕方ありません、命じられたことには従わなければ。」

暴君と称される帝には歯向かうことは許されない。

歯向かった場合、その罰は自分に下されればいい方だ。周りやもっと大きな範囲で処罰される可能性が高い。

選択肢などないのだ。

「ほんまにそう思とるか!?お前が本宮に上がって何が守れんねん、ますますつけあがらせるだけやろ!」

「ですが、父上は本宮に!」

「まだ生かされとるとホンマに思っとんのか!?」

聖の強い言葉に紅は言葉を詰まらせた。

疑ったとしても口にしてはいけない問いは15年ずっと抱えていたものだ。

聖に両肩を掴まれ俯いていた顔を上げさせられた。

「仮に生かされとったとして、この年月が物語っとる。時代は俺らが担う、この国を動かすんは俺らや。」

「せやけど…っ。」

「紅、ええか。俺は企てにはのらん。やけど招集にも応じん。」

含む様な言い回しに目を細め紅はその真意を求める。

招集とはつまり帝は既に企てを耳にしているという事なのだろうか。

「…どうするつもりなん?」

聖は問いかけに目を伏せると少しの沈黙を生んで再び口を開いた。

「事が為されるその日は十日後…側室が本宮に上がる日やと聞いた。」

「十日後…。」

「お前は絶対に俺が守ったる。」

揺らぐ熱い眼差しに心が震えて紅が何か尋ねようと口を開く。

しかし何故か躊躇われて震える唇を閉じた。

聖がこれ以上の距離を懸命にとどめようとしている様に感じたのだ。

肩を掴む手が熱い、こうして聖に触れたのはいつ以来だったのだろうか思い出せないくらい遠い記憶なのだろう。

力強い大きな手に聖の成長を感じて胸が熱くなった。

「絶対に。」

怖い位に響いた聖の言葉を受け止めるしかない。

そして言いようのない不安を抱えたまま何事もなく日が過ぎ、本宮に上がる支度も完了してあとは明日の朝その時を待つだけとなった。

この夜を越えたらもう二度とこの西宮に足を踏み入れることは無い。

聖と会うことも、叶わなくなるだろう。

しっかりと眠らなければいけないのに少しも眠れそうにない紅はただ無心で月を眺めていた。

吸い込まれそうな大きな月がこちらを見ている。

そして、その時がきた。

静まり返った夜に微かに響いた群衆の声、賑わいに気付いた紅はいつもと違う雰囲気を感じて耳を澄ました。

しかし静寂を貫く月夜には何の音も響かない。

気のせいだろうか、でも確かに何か聞こえたと思ったのだが。

不思議に思って紅は意識を集中して耳をすました。

そこであることに気が付いたのだ。

「虫の声も聞こえん…。」

そう言えばいつの間にか止んでいる虫の声に胸騒ぎを覚え、もたれていた窓から身体を起こした。

なんだろう。気配は感じない、しかし何かが起きている。

次第に速まる鼓動に緊張が比例して高まっていくのが分かる。

一体何が。

「わああああぁぁぁぁ…」

遠くでまた群衆の声が響いた。

やはり聞き間違いではない、何か起きている。