「一緒に行っても?」

何も考えずに反射的に出た言葉だったがその思いに嘘は無かった。

「いや、一人にしてくれ。」

顔を僅かに向けたがその表情は分からないまま。

手を去り際に挙げれば後は何も言わずにカルサは歩き始めた。

ただカルサが去っていく後ろ姿を見えなくなるまで見送る事しかできない。誰もいなくなったバルコニーには風が木々を揺らす音が響いていた。

いつもは心穏やかにするものなのに、何故か今はひどく切なくさせる。

沙更陣の気配を背中に感じつつ、カルサは何かを求める訳でも無くただぼんやりと宮殿の中を進んでいった。

カルサにとってここは生まれ育った場所、目に映る全ての物に思い出がある。

目を閉じれば幼い自分の笑い声が聞こえてくるような気がして胸を締め付けた。

それと同時に呼び起こされる記憶はリュナとの思い出、二人でここに来て共に生きていく事を決めたあの日の記憶が今もカルサの心を温めた。

「ジンロ…。」

あの時ここでリュナの背中を押したのはジンロ、二人を送り出してくれたのもジンロだった。

知らなかった、甘えてばかりいた。

幼すぎる自分の感情に負けてばかりのカルサを随分と昔から知らないところで守ろうと戦い続けてくれていたのはジンロだった。

何も知らなかった。

「無事でいてくれっ…!」

叫ぶような囁きはカルサの心の底からの願い。額の前で手をしっかりと組み、助けを求めるように空を見上げた。

過去でも今でも失いたくない人を沢山失った。

これ以上失いたくない、希望が僅かでもあるなら信じて現実にしたかった。