「俺の記憶もあやふやなのか?」

「どうだろうね。きみは一度赤ん坊からやり直している、その時に曖昧になってしまった物や抜け落ちてしまった記憶があっても不思議ではないかもしれない。何せ二人分の記憶を持って生きているのだから。」

カルサの呟きに背中で答えた沙更陣の言葉が胸に入り込む。

そして今いる場所がかつて自分が生きていた国オフカルスであることも手伝って右手をそっと胸の中心に当てた。

「玲蘭華はきっと気の遠くなるような時間を一人で過ごしてきたんだろう。カルサ、きみは玲蘭華の前で皇帝の剣を胸に刺したらしいね。」

カルサにその瞬間の記憶が甦る。

当時の自分の手には馴染めそうにない大きい剣を渾身の力で胸に突き刺した。そこに傷はないのに自然と手がその場所を捜し当てて拳を作る。

「玲蘭華は…それが一番堪えたと言っていたよ。」

胸を貫いた後の記憶は僅かにしかない。その中にある玲蘭華との記憶では彼女は無表情でカルサを見ていた気がした。

あの様子からはそんな感想が出るとは考えにくい。

今でこそ考えられるがおそらくあの時の玲蘭華は二つの事を思ったのではないかとカルサは予想しているのだ。

マズイという事と、その手があったかという事。

前者が先に出て続けて後者の考えに至ったのだと思う、これがカルサの歪んだ感情から導かれた考えにくい予想だとして少なくとも玲蘭華に辛かったという感情は無かった筈だ。

その思いを込めてカルサは沙更陣を睨むように目を細めた。

「信じられないという顔かい?まだ幼い子供が目の前で胸を突き刺したんだ、誰だって堪えるよ。ましてや、きみは…。」

沙更陣の言葉は詰まったがカルサは眉間の皺を深くして目蓋を閉じる。それはまるで覚悟を決めたと伝えているようで沙更陣は再び口を開き言葉を続けた。

「きみが玲蘭華の息子である事は、紛れもない事実だから。」

風が木々を揺らした。