玲蘭華に記憶を操られ、自身の全てを奪い取られた忌々しい太古の事件を忘れて暮らしていた自分に腹が立った。

それでも子供の存在が前を向かせてくれたのだ。

誰に預けたかも分からない。環明が残してくれたのは、セリナという名前といつか会えるようにという願い。

それだけでも十分だと彼女にどれだけ感謝したか分からなかった。

そして気付いたのは玲蘭華がセリナの存在を知らないという事だ。

絶対に知られてはいけない、沙更陣は誰にもセリナの事は話さずに今日まで生きてきたのだ。

「僕は記憶が戻った後、すぐにジンロの下へ行った。少し会話をしただけで分かったよ。同じようにジンロも記憶を操られ、何も覚えていなかったんだ。」

カルサの脳裏にジンロの姿が脳裏に浮かぶ。

あの襲撃の時以来、彼の姿は見ていないと皆は言うがカルサにとってはこの場所で言葉をかわしたのが最後だった。

一人で戦うなと、寄り添う優しい言葉をくれたあの笑顔を見たのが最後だ。

ジンロ、彼を思うだけでカルサの表情は険しくなる。

「ジンロの記憶も戻って、僕たちは玲蘭華に話をしに行ったんだ。これまでの経緯を知った上でこれからの事を考えようと思った。」

勿論、玲蘭華に恨みがない訳ではない。怒りを理性で鎮めて二人で玲蘭華と向き合ったと沙更陣は続けた。

「そんなに記憶は簡単に戻るものなのか?」

カルサの問いに沙更陣は頷いて答える。

「すごく緩い仕掛けだったよ。太古について少しの情報でも入れば、解けてしまうような。」

カルサが静かに驚きの声をもらした。

「不思議だったんだ。僕たちの記憶を操作しても玲蘭華は何一つ自分の欲の為に世界を変えようとはしなかった。」

そう言うと沙更陣はようやく拳を額から外し庭の方に視線を動かす。