気付いたら森の中を一人で彷徨っていた。
小さな手と小さな足で道を切り開いて、やっと出た山道に足を踏み入れて間もなく力尽きて倒れてしまった。
次に目が覚めたとき最初に視界に入ってきたのは見知らぬ天井、そして知らない匂い。
感覚だけでさっきまで自分がいた場所でないことは分かったが、判断できたのはそこまでだった。
残された断片的な記憶は途中からしかない。ふと気配を感じると見知らぬ顔が覗いていた。
きっと、多分、知らない人。
名前を聞かれてこう答えたらしい。
「日向。」
彼が覚えていたのはただそれだけ。
森の中でさ迷う以前の記憶が無かったのだ。
「はあっはあっ…。」
そんなことを思い出しながら荒く乱れた呼吸が響く中で静かに目を開けた。目に映るここもまた見慣れない天井か。
広く何もない、ただの箱のような部屋で日向は大の字になって寝転がっていた。というより、倒れていたと言った方が正しいのかもしれない。
弾んだままの息は中々調子を戻せないでいる。ようやく開けた目もすぐに閉じてしまう、息苦しくて目を開けるのも辛い程だった日向の表情は厳しい。
「主、大丈夫ですか?」
祷の声に少しだけ片目を開けた。情けないと言わんばかりに微笑もうとする姿に祷はほんの少しだけ心安らいだ。
「かなり上達されました。きっと皆様驚かれますわ。」
祷の声を聞いているだけで少しずつ呼吸が整っていく。誰かの気配を感じることで気持ちが落ち着いたのか、日向は身体を起こして座った。
とはいえ体力がもうほとんどない状態にまで疲れ切った身体を自身で支えるのは難しく、少しでも楽な体勢をと背中が丸まってしまう。