「全部、話してくれるか?」

彼女はきっと何かを思い隠している。自分の中で葛藤と戦いながら、今まで隠し守り続けたものがあるのだろう。

「古い記憶は遡れば太古まで続きます。」

まだ特殊能力を持つものが神と呼ばれる前、神官として力の源と寄り添うように生きていた時代のこと。風の加護を受け、その身に力を宿し風を操る神官がいた。

彼女の名は環明、太古の因縁を語る上で欠かす事はできない人物だった。

「私が環明様と最後に言葉を交わしたのは、セリナ様をお預かりした時でした。」

太古の事件から時が経ち、気付けばアバサと二人で遠い未来に送られていた。事件の記憶を消され、違う環境に慣れようと日々過ごす生活。自分が太古の国の人間であることすら忘れてしまう程の月日が流れた頃だった。

急に耳鳴りがしたかと思えば、血相を変えたアバサが駆け寄り守るように強くレプリカを抱きしめた。

緊迫した空気が流れる中、かすかに人の声がしているのに気付く。アバサ、アバサと、求めるように声は響いてきた。声の主に気付いたアバサは顔を上げ、姿の見えない声の主に応えるように宙に呼びかける。

「私はこちらです、環明様。そうアバサは叫び続けていました。するとやがて風が生まれ、環明様の姿が現れたのです。」

しかし現れた姿は自身を淡い光で包み、少し透けた身体だったと言葉を続けた。

アバサの姿を確認した環明は安心感からか、優しく微笑むと懐に抱いていた物をそっとアバサに託した。光り輝く球体はやがて輝きを内に秘めて、自らの姿を露にした。おそらく生まれたばかりであろう赤ちゃん、それがセリナだった。

「この子をお願い。どうかこの世界で平和に暮らせるように。」

名残惜しそうに環明は消えかかる手でセリナの頭を撫でる。愛おしいと思っているのだろう、セリナを撫でる時の環明はこれ以上にないほど優しい雰囲気で彼女を包み込もうとしていた。

環明は母親なのだ、そう思わせるには十分な光景だった。

「環明様、そのお姿は。」

アバサの言葉に微笑むだけで環明は答えない。セリナの頭においていた手をアバサの額に移すとアバサの表情がみるみる変わり、目に涙を浮かべ始めた。

おそらく自分の記憶を与えたのだろう。失われていたアバサの記憶も同時に甦ってきたようだ。

「なんという事でしょう。」

抑えきれない思いがアバサの口から嘆きの言葉を生み出した。アバサの手元にいるこの子供は。