「昔ね、かなり昔。それこそ聖たちがシードゥルサに来たばっかじゃなかったかな。」

いつもの調子で始めても放心状態に近い聖の様子は変わらなかった。

「俺がどうしてこの国に来たのか聞いた時、返答に困った紅にかぶせるように聖は事故って言ってこの話は終わりだと打ち切って去って行っただろ。あの後…紅が俺の所に謝りに来た。」

貴未の中で鮮明に思い出せるあの頃の記憶、それほど気に留めていなかったが紅の出た行動によって強く焼き付いたのだ。

余計な詮索はするなと強い拒絶を示して紅の手を引きその場を後にする、シードゥルサに来て間もない故に警戒心が強いのだと思っていたがそうではなかった。

貴未がそれを知ったのは申し訳なさそうに謝罪に来た紅の話からだったのだ。

「うちらな…逃げてきてん。ホンマ言うたら名前も違う。ごめんな、気になるとは思うんやけど…暫くそっとしといてくれるか?」

そう告げた紅の姿があまりにも儚くて、そして衝撃的で貴未は謝罪と了承の言葉を漏らすことしか出来なかった。

あんなに低姿勢で窺うような態度を見せる紅は後にも先にも無い、それだけに貴未の中に強烈に残っているのだ。

そして確実に守らなければいけないのだと素直に思った、だからそれ以来二人には当たり障りのない程度の会話しかしていない。