私の家のお隣さん。



なんかあったらすぐ電話してよ、というミナトに心強く感じて、やっぱ高校の時と変わらないなあ、なんて。

「てか、ミナト、彼氏とうまくいってないでしょ」

「あちゃーばれたか」

「だって、じゃなきゃ私のうちこないし」

そう、ミナトの彼氏も一人暮らしのはずで、だったら彼氏の家に言ったほうがイチャイチャ出来るし、都合がいい。

「なんか、すごいガツガツ系でさ、逆に冷めちゃって。優しいんだけど」

「もっと、慎重になりなよ〜ミナトの体はひとつなんだし」

「うん、お節介だなあ。そういうリホはどうなの?彼氏とか。」

「どうって…」

少し目を輝かせながら聞いてくるミナトに、苦笑いする。

「リホはかわいいんだからさー作ろうと思えばいくらでもできるって」

「はいはい、どうも」

「も〜すぐ流す〜」

受け流すと、ミナトはプリプリと頬を膨らます。

「明日一限からだから消すよ」

そう言って、電気を消して布団に潜ると、すぐに瞼が落ちてきて、眠った。

ウィーン……ガガガ

聞きなれない音がして目が覚めた。

時計を見ると、まだ朝の4時。

あと2時間は寝れる、と思って布団をかぶり直すけれど、さっき聞こえた不審な音が隣からしていた事に気付いて飛び起きた。

ウィーン…ガガガッ

もう一度同じような音が聞こえて、昨日の夜、ミナトと話したことを思い出す。

『隣とか気にならない?』
『心配だなぁ』
『なんかあったら連絡して』

一瞬、隣の布団で寝るミナトを起こそうかと思ったけど、気持ち良さそうに寝ているからなんだか悪い気がしてやめた。

あーダメダメ!考えない!聞かなかったことにしよう!!

布団を持ち上げて、頭まで被さって目を固くつぶる。

そうすると、昨日の疲れがまだ残っていたのか、眠気が押し寄せてきて、気付かぬうちにまた、眠っていた。

「あ、おはよー」

先に起きていたミナトはすでに用意を済ませて、紅茶を飲んでいる。

今朝のことは気のせいだよね…。

おはよーと返しながら、わたしも準備を始めた。


「いってきまーす」

ミナトが誰もいない部屋に向かってそんなことを言うから面白くてつい吹き出した。

「誰もいないよ」

「あ、そっか。ゴミ袋持つよ」

出がけにゴミの日だったことを思い出して、まとめてあったやつを持っていた。

アパートから少し出たところにあるゴミ置き場に行くと、男の人がいた。

「うわー…あっやしー…あんな人いるの…?」

その人は、肩に二本線の入ったジャージを着ていて、猫背な上にボサボサの髪にメガネ、という風貌で、ミナトは顔をしかめた。

「みたことないなあ。ウチのアパート専用のゴミ置き場のはずだけど…」

「…こっち見てるよ、こわ…いこ!」

スタスタと歩き出すミナトに、頷いて、ついていった。



それからはたわいもない話をして、大学に着いて一限からの講義をうけた。



午後まであった授業を終えて、今日はアルバイトもないから久々に早めに家に帰る。

ポストを確認して、入っていた配達物を見ながら部屋に向かう。


「ん?なにこれ?」

玄関の前で、なんだか高級そうな封筒の宛名に見慣れない名前をみつけて、住所を確認すると、このアパートの私の隣の部屋の人にあてたものらしかった。

「よこみぞ…つよし??」

なーんかみたことあるようなー。

んー、お隣さんだからかな。

後でポストに入れておいてあげよう。

一旦はそう思ったけれど、今朝の不審な音と、昨日ミナトが言っていたことを思い出して、やっぱり訪ねて行って手渡ししよう、と思い直した。



ピンポーン

思い立ったが吉日。
早速わたしは隣の部屋に向かってインターホンを押した。

ピンポーンピンポーン

3回押してもでてこない。

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン

いないのかなあと思って、連打する。


ガチャ。

「いで!」

急に乱暴に開けられたドアに顔をぶつけて変な声がでた。


「なんか用」

髪の毛もっさりしたメガネの男の人が出てきて、低めの、怒り気味の声で聞いてくる。

この人、朝ゴミ置き場にいた人…

「あ、ごめんなさい、いないと思って…」

「なんか用」

静かに、けどさっきよりも強めの声で聞いてくるその人がなんだか怖くて、用件を切り出せない。


「あ、先生、お客様ですか」

私が怯えているところに、背後から声がした。

驚いて振り向くと、そこには挨拶回りの時に、この部屋にいた女の人。

「あなたは、お隣の…」

と言いかけて、女の人は意味深な視線を男の人に向けた。

「はい!長塚です!あの、ごめんなさい!」

「え?なにか、あったんですか?先生」

「いや…」

女の人はモサメガネの男の人を先生、とよんだ。

「本当にごめんなさい!いないと思ってインターホン連打しちゃって」

「あら、それは、流石に先生も怒るわよ」

うう、意外と厳しい人。

「でもまあ、謝ってるし、先生も許して差し上げたらいかがですか」

「……うん、で、なんの用」

許してくれたらしく、少し柔らかくなった声に安心して用件を切り出す。

「これ、間違ってあたしのポストに入ってて…」


「え!先生!これ!」

私が差し出した封筒をみて、女の人が驚いた声をあげる。

「…ああ」

頷いた声がさっきより明るくなって、私の手から封筒を受け取って確認する。

「じゃ、じゃあ、わたしはこれで…」

部外者がその場にいるのが悪い気がして立ち去ろうとした。



したんだけど…。



「いやー本当にありがとう!あなたのおかげね!!」

わたしはなぜか隣の部屋の中で紅茶をすすっていた。

どうやらあの封筒はなにか大切なものだったらしく、そのお礼、だとかなんとかでニコニコと目の前で笑っている女の人に連れ込まれてしまったのだ。

しかも、男の人は中身を確認するやいなや出かけて行っちゃったし…。


突然起きた予想外の事態に頭が追いつかない。

「あの、なんだったんですか?その…封筒って…」

「ああこれね、うーん…言っていいのかしら…」

「あ、秘密のことだったら言わなくていいです。わたしは部外者ですし」

そう言うと、女の人はクスリとわらって続けた。


「これはね、新人賞受賞の手紙なの。」

「…?新人賞?」

思いもよらなかった単語に疑問は沸くばかりだ。



「あーえっとね、実は、あの人、小説家なのよ」

え、

「ええええーー!!!」


目を見開いて驚いた。

でも、確かに。だったら家から全然出ない理由もわかる。

「それで、私は編集者。彼をサポートしてるの」

たくさんの疑問が一気に解決した。
髪がボサボサでメガネなのもわかるし、女の人が先生、と呼んでいたことも。

でも…じゃあ今朝の不審な音はなんだったんだ?

ちらりと周りをみると、彼のデスクの左側の壁沿い、つまりわたしの部屋の側の壁、に自動の鉛筆削り機が置かれているのが見えた。

その音だったのか…。

「あの、」

そう言いかけたところで、誰かが部屋に入ってくる音がした。

「あ、先生、おかえりなさい。」


え??先生?