───すると、
「あ、赤城さん!」
突然名前を呼ばれて、わたしは階段の方向を見る。
そこには……にこやかに手を振りながら階段を降りてくる、浅倉くんの姿があった。
「浅倉くん……あ、そっか。最終下校時刻だったもんね。」
わたしは1人で納得する。
それなら確かに、帰る時間が一緒になるわけだ。
「お疲れ様。ひざはどうだった?」
隣に並んだ浅倉くんのひざを、チラリと見る。
すると浅倉くんは、嬉しそうに笑った。
「バッチリ。誰にも気づかれなかったし、赤城さんのおかげで絶好調だったよ。」
小さくブイサインもつけている。
思わず可愛く思えて、クスリと笑いがこぼれた。
「それはよかった。」
「……で、そんな赤城さんが王子様に思えてね、」
……ん?
わたしの耳は今、おかしいのかな?
『王子様』って…女子に言う言葉じゃ…──
「だから、赤城さんとお近づきの印に、これから『王子』って呼ばせてもらうね☆」
「──…はあ?」
わたしの口からは、思わず驚きが漏れた。
いやいやいや。
『王子』って。
そんな大層なことしてないし……
「──っていうのは、レギュラーに入れてからにするよ。」
わたしはパッと、浅倉くんを見上げた。
微笑みながら、わたしを見下ろしている。
「いやいやいや。女子につけるあだ名としておかしくない?」
「え、おかしくないってー」
浅倉くんは確信犯なのか、にっこりと笑っている。
え、やだよ。
男子から……しかも、こんなモテそうな人から『王子』って呼ばれるだなんて──
「うわ、嫌だ。」
考えたら眉間にシワが寄っていた。
それはなんとも周りの目がきになるような……
わたしは人差し指で眉間をぐりぐりと押しながら考える。
「えーなんでよ?いいじゃん、『王子様』。」
「え、やだよ。わたし女子だよ?女の子!」
半ば食いかかるように浅倉くんを見る。
「でも、俺がいいと思ったから採用ー。ってか、さっき『レギュラーに入れてから』って言ったじゃん。」
「あ、じゃあ落ちればいいのに。」
我ながら名案。
「えー、でも絆創膏には『必勝!』って書いてくれたじゃん?」
浅倉くんは意味あり気に微笑むと、チラリとズボンのすそを捲った。
えぇ確かにそこには、わたしが書いた『必勝!』の文字がありますね。
でもそれは……
「こんなことになるなんて思わなかったもん!」
だから、書いたのに。
「はいはい、悪あがきはよしなさい。」
浅倉くんは楽しそうに頬を緩めながら、わたしの頭をポンポン、と叩いた。
…うっわぁ……不意打ちはまずいって──
「あれ、なんか顔赤くない?」
───え、
わたしはそんなの知らなくて、思わず、顔を上げる。
すると、浅倉くんと目が合って……
まだ、頭に手が乗っていることに気づいた。
いい加減に降ろせよ。
───ちょうどそのとき、電車がホームに入ってきた。
わたしが乗るやつだ。
浅倉くんも乗るのかな。
「あっ───…!」
浅倉くんは手を置いていることに気づいたのか、パッと手をひっこめた。
少し顔が赤く見えるのは気のせいかな。
あ、でもわたしも顔赤いんだっけ?
そう考えたら、一気に顔が熱くなった。
自分でもわかるくらいに。
「っ…~──えっと、赤城さんもこれだよね?」
電車のドアが開く。
「あ、うん…そう。」
人がちらほらと降りていく。
「……………。」
まだお互い顔が赤くて、無言で電車に乗り込んだ。
ここからわたしの家までは9駅分。
浅倉くんはどこで降りるんだろう?
2人して無言で、隣同士で座った。
「えっと…浅倉くんって、何駅乗ってる、の?」
わたしは変に意識してしまって、あまり目を合わせられずに訊ねる。
「えーっと……12駅。」
「…終点?」
「そう、終点。」
浅倉くんと、意外と家が近かったことが、なぜか嬉しかった。
次の日、昼休みのミーティングから帰ってきた浅倉くんに笑顔で『王子』と呼ばれたときは、全く嬉しくなかったけど。
[ pal ]
:友人
「そういえばさ、結架ちゃん。」
今日の体育は走り幅跳びだった。
砂場を使うから、校庭では男子がサッカーをやっている。
隣のクラスとの合同だから、女子も1クラス分いる。
「ん、なぁに?」
今は測定の待ち時間だった。
「結架ちゃんって、なんで『王子』って呼ばれてんの?」
あぁくっそ、痛いとこ突いてくんな。
顔は可愛いくせして。(※中身も可愛いです)
「えー…ちょっと、ねぇ…」
わたし的には理由が不憫な思い出だ。
校庭の隅のコンクリートに座りながら思い出す。
風が吹き抜けた。
「わー、やっぱジャージ着てくるべきだったかなぁ…」
もう6月も半ばだから、大丈夫だと思ったのに。
わたしは腕をさする。
「あ、話し逸らさないでよぉ!」
かなちゃんが隣から肩をゆさぶってきた。
可愛いやつめ。
「えー、だからぁ……浅倉が勝手に呼び始めたんだって。」
そうだ、勝手に、なんだよ。
わたしはサッカーをする男子の中から、浅倉の姿を見つける。
やっぱり、最初の仕分けテストでレギュラーに入っただけはある。
ドリブルをしていても速かった。
「浅倉くんかぁ……そういえば仲いいよね?」
かなちゃんも浅倉を見つけたらしい。
浅倉がシュートを決めると、2人で「おぉ」と声を漏らした。
「そうかなぁ…?ただ絡まれてるだけなんだけどなぁ…」
わたしは小さくため息をつく。
「えー、いいじゃん!浅倉くんモテるしさぁ、サッカー部だし!」
部活は関係……あるのか。
バスケ部もかっこいいしな。
不意に視線を逸らすと、測定の列が空いていた。
わたしはかなちゃんの肩をつつく。
「ほら、測定しに行こ?早く終わらせようよ。」
わたしが立ち上がると、かなちゃんは砂場に目を向けてからゆっくりと立ち上がった。
「よーし、思いっきり跳んじゃうぞー!」
かなちゃんは基本可愛い。
伸びをしている姿も可愛いだなんて、ずるい。
「かなちゃんの可愛さは罪だね。」
「え、なにそれ?ありがとうで合ってる?」
わたしが先に歩き出すと、かなちゃんも小走りでついてきた。
「合ってますよー、奏波さんー」
「えー、」
わたしが思いっきり跳んだら、3mを軽く越えた。
さすが陸上部。
自画自賛をしていたら、かなちゃんはもうちょい跳んでいた。
……さすが、陸上部。