「ようこそ、ステアルラ、スクーヴァル」
転移した先には一人の男がいた。
優しげな好青年だ。短めに整えた黒髪に、特殊な地位であることが一目で分かる服装に身を包んでいる。
この大国ロスオイトの宰相・リガスだ。
「スクーヴァルを頼む」
言うなり、兄――ステアルラは去ってしまった。
おそらくは割り当てられた自室へ向かうのだろう。
「あっさり行っちゃいましたね……」
ステアルラの行動に意外なものを感じつつも、リガスは残された妹、スクーヴァルに向き直る。
「貴女はここは初めてでしたね」
ここでも意外な返答が待っていた。
「は、はい。……あの……リガス様……」
「…………?」
敬語に様付けで呼ばれたことに唖然とする。
「スクーヴァル? 何か、悪いものでも食べました……?」
問うが、恥ずかしそうに顔を伏せて上げてくれない。
「どうしたんですか? 何がありました?」
根気よく待ってみた。
ややあって、スクーヴァルは小さな声で、
「さ、宰相様とは知らずにご無礼を……」
リガスは脱力した。
「ええと……つまり、私が宰相と知らずに接していて、知ったから萎縮していると……そういうことですか?」
俯いたまま頷いたようだった。
「……気持ち悪いです。スクーヴァル」
ぼそりと言うと、スクーヴァルが批難めいた――そしてむっとしたような表情を一瞬見せた。
「はい、その顔で結構です」
ぽん、と、彼女の頭に手を置く。
「私としても、宰相という肩書だけで判断されるのは心外なんですよ?
貴女は私の友人の妹であり、貴女自身も私の友でしょう?」
諭すような声に彼女は沈黙し、
「……ごめんなさい、リガスお兄ちゃん」
「構いませんよ。
さあ、まずは部屋に案内して……それからここの中を紹介しますね」
スクーヴァルの手を引いて歩き出す。
「お兄ちゃんと同じ部屋?」
問われ、リガスは思案気に、
「いえ、ステアルラが家族用の部屋ではなく独身者の単身用の部屋を選んだので、貴女も女性用の区画の独身者用の部屋です。
でもどちらも、行き来は自由ですよ。安心してください」
「どうして一緒じゃないの……?」
不安げなスクーヴァルの声に、リガスは微苦笑を漏らした。
――どこかにいい男でもいないのか? スクーヴァルの将来を託せるような……
親友がそう漏らしたのは、つい一月ほど前のことだ。
この王宮に馴染んだ頃に良さそうな男を探して会わせたらどんな顔をするだろう……。
リガスの頭にはそういう楽しみが浮かんでは消えていた。
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