「なるほど、身内とはお兄さんだったか」

 サディ王の私室で、リガスとステアルラは彼に向って座っていた。

「で、何の用かな?」

「その前に妹は? 聞こえませんか?」
「大丈夫。そこの扉が開かない限り声は洩れない。
 今は眠っているよ。あまり食欲がないようだ」

 ステアルラの不安にそう答え、サディは席を立った。
 二人の後ろをぐるりと歩きながら、

「話をする前に聞いておきたい。
 彼女は、誰かに言われたらしい酷い言葉をうわごとのように呟いていた。

 誰があんな言葉を浴びせたのか、知りたい」

「俺です」
 迷いなくステアルラは答えた。
「あいつに俺を嫌ってもらおうと、言いました」

 物言いたげな視線で自分を見るサディをまっすぐ見つめ、
「あいつは訳ありです。
 それでも受け入れていただけますか?」

「どんな訳だね?」
「言えません」

 これはリガスも知りたいところだった。
 あんなに仲睦まじかった兄妹が何故このようなことになったのか、どうしても分からない。

「三つ、お願いがあります」
「話だけは聞いてみよう。
 聞き届けるかは分からないが」

 サディが席に戻りながら言うと、ステアルラは、
「あいつに自己の確定は訪れません。
 このまま年老い、老化して、最後には衰弱して死ぬでしょう。

 それを妨げないでいただきたい」

「……見殺しにしろと?」
 流石に顔をしかめた。
 淡々とその言葉を紡いだ兄を微かに睨む。

「自然に死なせてやってください。

 二つ目です。あいつが二十歳になる前に完全に陛下のものにしてください」

「まあ……遅かれ早かれ手は出すが……」

「最後です。あいつは生涯……」

 と、扉の音がした。
 三人が見やると、スクーヴァルが所在無げに立っている。

「……おにい……ちゃん……」

 ステアルラは席を立ち、そっと妹を抱き締めた。

「お前といた十九年間、楽しかった。
 ありがとう」

「お兄ちゃん……?」
 腕の中で妹が兄の顔を見上げる。

「陛下がお前を幸せにしてくれる。
 幸せになれ。

 酷いことを言って、すまなかった」

 それが別れの言葉だと察し、涙が溢れる。
 その涙を唇で拭ってやると、妹を離し、サディに向き直る。

「……お願いします」
 自らの涙を拭うこともなく、ステアルラは退出した。

 後にリガスが何度も彼の部屋を訪ねたが、そこで彼に会うことは二度となかった。


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