――ステアルラは貴女を誰かに委ねたいのですよ。
いや、これでは説明にならない。
――良い婿を探しているようですよ。
駄目だ。そもそも何故ステアルラがこうも急に妹を引き離し始めたのかすら分かっていない。
とりあえず、兄に言われたことを気にしないように言うのが先決かと彼女を捜していた。
見かけた兵がすぐに見つかり、中庭の一画にいると教えてくれた。
「ん? 大丈夫。食べても害はない。
勝手に食べていいのか? はは、可愛いな」
そんな鷹揚な声が聞こえて来て、悪い予感が駆け巡る。
駆けつけると想像した通りの光景が広がっていた。
前髪だけが長い青い髪の豪胆な男がスクーヴァルに果実を勧めている。
その距離は――近い。
「何をしていらっしゃいます、サディ王」
思いっきり怖い顔を作って王の前に進み出た。
「おや、うるさいのが来た」
「執務室にお戻りなさい」
「仕事なら終わったさ」
「いいから戻りなさい」
王の前を横切ってスクーヴァルの手を引くと、王はぐいっと引き戻す。
「このお嬢さんが泣きそうだったから慰めていたんだよ」
「それはこちらの手落ちです。それは認めます。
ですがもうお戻りください」
「リガス。そんなに引っ張ったらお嬢さんが壊れてしまう。
その手を離さないか」
「陛下が離しなさい」
見かけたら逃げるように言っておくんだったと後悔していた。
今、リガスの目の前で親友の妹を抱えているのは、このロスオイトの王である。
鷹揚な性格と温かい人柄で知られているが、何しろまだ若く、籍も入れていない。
加えて――手が早い。
「私が親友から預かった大事な娘さんです。
陛下には触らせません」
「おや、残念だったね。
すでに我が手のうちだよ」
スクーヴァルを慰める前に、この王を何とかしなければ。
「さっさと戻りなさい」
「分かった。戻ろう」
あろうことか王は、スクーヴァルの手を引きながら、
「さあ、このうるさいのの居ないところへ行って続きをしよう」
「待ちなさい!」
王は困ったような顔をして振り返った。
「帰れと言ったり待てと言ったり……どっちなんだね?」
「スクーヴァルから離れなさいと言っているんです!」
王がにっこり笑ったのを見て、さらに失態を犯した自分に気が付いた。
「そうか、スクーヴァルというのか。
なかなか名前が聞けなくて困っていた。ありがとう、リガス」
彼女なりに警戒していたのだろう。
名前を聞き出せなかった王はご満悦な様子だ。
「君の親友からの預かりもの、か。
確認しておくが夫ではないね?」
スクーヴァルが悲鳴を上げた。
王が彼女の耳に触れたのである。
女性が未婚か既婚かは耳を見れば分かる。
加えて、女性の耳に触れるなどこの世界ではかなりのことだ。
「大丈夫。すぐに慣れる。
さあ、おいで」
この王には不思議な力があった。
周りを巻き込んでしまうのである。
そう、今まさに手を引かれるまま連れていかれようとしているスクーヴァルのように。
「やめなさい! 子供に向かって!」
王がふと足を止めた。
「この女性はまだ子供なのか?」
三度、失策である。
この王がこんな珍しいものを見逃すはずはない。
王が彼女の耳元に口を寄せて何か囁くと、彼女はふらりと力を失くした。
「やめなさいと言っているでしょう!」
リガスは横の支柱を殴った。
丈夫な石の柱が崩れ、休憩所の屋根が傾く。
次の瞬間には、王は崩れつつある屋根の上にいた。
「このお嬢さんはしばらく私が預かるよ。
お腹が大きくなったら返してもいい」
彼女が雨に濡れないよう、自分のマントを外して被せ、どこぞに転移していった。
青い羽根が辺りに散るのは、この王が好きな演出のひとつだ。
あの王こそが、このロスオイトの法律なのだ。
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