「秋桜の花言葉、静香ちゃんは知ってる?」
巴は物知りで、花が大好きだった。
カフェで珈琲を飲みながら彼は言う。
彼は小説家で私と違って高校には行かなかったらしい。
だからかな、年上のはずなのに少し幼いところがある。
「知らない、けど。知りたいっ!教えて?」
「ふふ、教えてあげるよ」
でも、時たま年上の余裕、って奴を見せてくる。
長く伸びた前髪をかきあげる仕草に胸が高鳴る。
そんな私の心を知ってるんだか、知らないんだか。
巴はさらり、と言う。
「乙女の愛情、だよ」
赤くなっているであろう私の頬に冷たい手を当てて彼はくすくすと笑った。
でも、どんなに恥ずかしくても私はこの瞬間が大好き。
二人だけのこの瞬間が。
春には二人で桜を見た。
「やっぱり秋桜のほうが好き」
なんて言う私の頭にぽんっと手を置いて彼は笑った。
「僕も秋桜が好きだけど、桜だって風情があっていいものだよ」
その言葉を聞いてからもう一度桜の花を見上げたら少しさっきより綺麗に見えた。
私って単純。
「あとね、桜の下には屍が埋まっているっていう話もあるね」
「ちょっと、それは怖いよ!?」
「あはは、冗談だって」
この時間が永遠に続くと信じてたのに。
夏には海に出かけた。
巴は細くって頼りないくせに泳ぐのが得意で凄くかっこよかったんだ。
私は苦手だったけど。
日焼けが嫌でパラソルの下にこもっていた私を巴は強引に連れ出して。
一緒に遊んだ。
巴に教えて貰ってから私、少しは泳げるようになったんだよ?
絶対に来年は見せてあげるって約束したじゃん。
馬鹿。
そして、また秋。
私の誕生日は十月五日。
少し早いけどお祝いだって巴は私に渡したのは千日紅の鉢植え。
まだ蕾で大切に世話してよって笑ってくれた。
花言葉を聞いたって教えてくれなくて、誕生日の日に教えるからって。
九月の三十日に千日紅が咲いた。
小さくって可愛らしい紅い花。
咲いたよって報告に行こうとした時におばさんから連絡を受けた。
「…………巴が、交通事故に」
巴は優しいよ。
優しすぎるよ。
捨て犬を庇って轢かれるって今時流行らないよ。
馬鹿。
巴のいる総合病院に向かう途中に私たちが出会ったあの秋桜畑がある。
花言葉は乙女の愛情。
愛してる。
祈ってる。
巴が死んじゃったりしないことを。
手術は成功して、いつものあの笑顔で
「心配かけてごめんね」
って言ってくれるんだよね?
信じてるから。
嫌だよ。
死なないよね、巴は。
そうだよね。
手術室の赤いランプが消えた。
「手術は成功しましたが、頭を強く打っているので意識が戻るかは……」
聞きたくない。
嘘。
お医者さん、巴は元気になるんだよね?
嫌だ、もうあの笑顔が見れないなんて、嫌。
大好き、巴。
愛してる、巴。
死なないで、巴。
帰ってきて。
巴の意識はなかなか戻らなかった。
一日。
二日。
三日。
四日。
私は毎日、秋桜の花を持って彼の病室に行く。
「ねえ、巴。明日は私の誕生日だよ?早く起きてよ」
ひんやりとした巴の手を握って私は言う。
巴は必ず起きる。
だって巴は約束を破らないんだから。
絶対に守るんだから。
「…………し、ずか、ちゃん?」
小さく声が聞こえた。
「巴っ!?」
握っていた指が少し握り返される。
「静香、ちゃん」
「バカッ、バカバカバカ!巴の馬鹿!」
散々心配かけて。
バカ。
大好きだよ、バカ!
「泣かないで、静香ちゃん」
「泣いてないよ、バカ」
「泣いてるよ」
嘘?
ぽろぽろと涙が巴の手に落ちていた。
私、泣いてる?
そして彼はいつもの笑顔で言った。
「心配かけて、ごめんね」