その日の先生の声はいつもと違ってた。




搾り出すような低い声で。









「ゴメン……やっぱり前の彼女が忘れられない」









ねぇ???





忘れるって言ったじゃん??





好きだって言ってくれたじゃん!!!





「ホントにごめん。」






謝り続けるだけの先生。もうアタシはココロにいないんだね?




それとも、最初から存在すらしてなかったのかな?






悔しくて、でもぶつける場所もなくて……いいコを演じるしかなかった。




泣いて責めたとしても先生の気持ちはきっと変わらない。




「わかった。じゃあね」




電話を切った瞬間涙が溢れた。




せっかく普通の恋愛して幸せになれると思ったのに。


仕事だって今は風俗嬢だけど……ちゃんと真面目に探そうと思ってたのに。



ホントだよ???




やっぱりオトコなんて信じちゃダメだ。





ケンだって、2度目の妊娠の時のオトコ達だって、先生だって……みんなアタシから離れてく。





もう絶対に信じない!




そう……心に誓った。
  







信じない。



信じたい。



何度も、何度も浮かんでは消える。





街を歩く幸せそうな人達。



みんな何を信じているんだろう??



どうして信頼しあえる相手に出会えるんだろう??



なんでアタシの周りの人間だけ消えていくんだろう??





きっと、葵が悪いコだからだね?




バカな事ばっかりしてるから……?




アタシに幸せは降りてこない。








抜け殻になったアタシはもう今更、昼間の仕事を探す訳もなく。


「あや、おはよ~♪あのね~明日なんだけど撮影行ける??」


最近は週5でSMクラブに出てた。


そんなある日突然ママに言われた一言。


「撮影??風俗誌ですか~??」



風俗の街と名高いアタシの地元には分厚い風俗誌が数社から出され、しかもそれなりに売れていると言う。


前の店でもそんな雑誌に顔出ししてたからその撮影だと思ったんだけど。





「違う違うっ!!SM系の雑誌なんだけどね♪」





!!!!!





それって……ひょっとしていわゆるエロ本ってヤツですか??







実は……ママは元有名なAV女優。


SM系ばっかりの出演だけどマニアにはかなり人気があったらしい。今はママをしながら銀行の支店長のご主人様がいるんだとか。


根っからのMじゃないアタシにはわかんない世界だけど別にそういう繋がりもありだとは思った。



ココロが繋がってるっていいな。


そんな事すら今のアタシには羨ましい。




「SMってのはね、愛がないと出来ないの。愛が無かったらただのイジメでしょ??」



ママはよくそう言っていた。



言われてみれば他のどんな仕事の時よりも、クラブのお客さんは「あや」を大事にしてくれていた。



ただ美しいものが好きなだけ。



お客さんにとって縄をまとったアタシ達の姿は自分で作った最高の芸術作品なんだと、そうママには教えられたっけ。







ねぇ、誰だっけ???




「人は汚れるだけ汚れたら最後にキレイになれるんだよ」




そう言った人がいた。







そんな事……あるはずないのに……。




汚れきった先にあるものは……何なんだろう???







ママが話を続ける。


今回ママはAV時代の知り合いに頼まれて来月発売の雑誌に出てくれるコを探してたらしい。


マニア向けの雑誌だから知り合いが見る可能性は限りなく低いし、オトコの相手をしない割には報酬も良かった。



だからお店のコと一緒にOKした。



エロ本とはいえ雑誌のモデルだし興味はある。



先生と別れてもう恋愛しないって決めてたから別に誰かにバレるのだって怖くなかったし。



そう、先生と知り合う前にすっかり逆戻りしちゃってたんだ。






自分をとことん追い詰めたい。


汚れてしまいたい。


そして、堕ちれるだけ堕ちてしまいたい。






それが望みだった。











……その日のお店帰り、久々に「シアン」で夕飯。



川口にはまだフラれた、とは話してない。




ケンのような自然消滅はあったけど、直接別れを言われたのは初めてだったから……言いづらくて。




口にしたら現実を認めなければいけなくなる。




愛されないオンナ……そんなレッテルを貼られそうで何だか嫌だった。




今日の川口は厨房で忙しくしていてカウンターの中にはアツシ一人。




ま、別にいっか。




「こないだアツシ来てくれなかったね~」


こないだとは先生と一緒に飲みに来た日の事。







あの日は幸せだったな。








先生を思い出すアタシには気付かずアツシは言った。



「だってめちゃくちゃ忙しかったし!!この店であんな忙しいの初だよ~」



「確かに……いっつもヒマだもんねぇ」




今日も閑散とした店内を見渡しながらくすくす笑いあう。




「あ~でもやっぱり落ち着くよ。ヒマなシアンが」



寂しいけど、いる場所があってよかった。






そして



もっともな質問がアツシの口から投げかけられる。





「あやちゃん今日は彼氏は??」




!!!!!!



ズキンって胸が痛んだ。



でも、笑った。


今や明るいぐらいしか取り柄が無いアタシ。暗くなるのは似合わないよね?



「いやぁ~実はさ、前の彼女が忘れられないんだって!!で、フラれちゃった。ヒドイよね~」




アタシ、今ちゃんと笑えてる??



精一杯頑張ったつもりだよ?