明日の朝、ケンが一番に見てくれる事を祈ってカゴの中に縦向きに隠して封筒を置いた。

これならケンのママが新聞を取りに来たってちょっとぐらいじゃわからないハズ。





後ろ髪を引かれまくりだったけど……仕方なくその場所を後にしたんだ。




(ケン……必ずこの住所に卒業したら訪ねてきてね。)






そう。






祈りながら。









アキラさんの運転する車は道が幸い空いていたのもあってすいすい進む。


車窓の風景はどんどん見慣れた景色に変わっていった。



さっきまで四方が山だったのに今はビルしか見えない。無機質な街……でもここがアタシの生活の場だ。


奈々さんを先に送ってもらいアキラさんと二人きりになる。




「今日は本当にありがとうございました」


「別に気にしなくていいよ~」


なんていい人なんだろう。





そう



思ってたのに。






車は葵の家とちょっとはずれた方向に走り始めた。この場所はよく知ってる。






ラブホ街。








アキラさんは黙ってその中の一つに車を入れた。



「いい?」







オトコなんてみんなそんなもんだ。


彼女の友達だって構いやしないんだ。


結局体が欲しいだけなんでしょ?



そんな風に、アタシの感覚も風俗生活で病んでいた。



遠くまで迎えに来てもらって、ケンを探してもらって、自分に出来るお礼はこれぐらいなの?なんて思ってしまう愚かなアタシがいた。



この体は……今まで時間単位でお安く切り売りしてきた訳で。



きっと相手がアキラさんだって……変わらない。




「別にいいけど?」



ケンを失ってから誰と寝たって愛を感じた事は無い。



だから、こんな気持ちのない人形を抱いて楽しいなら勝手にしたらいい。



本気でそう思ってた。








でもね?




本当は人形なんてイヤだったんだ。





誰にも必要とされなくなるのが怖かっただけ。





ケンにこの先逢えなかったら……口にしなかったけどものすごい恐怖だったよ。





口にしてしまったら叶ってしまいそうで。





だからバカでも言い続ける。





もうすぐ彼氏が迎えにくるんだ!と。





聞かれてもいないのに……ただ言い続ける。








同じ毎日の繰り返し。


昼過ぎに起きて、シャワーを浴びて化粧をする。



お客との同伴が無ければ地下街にある喫茶店で軽めに夕飯を取るか、ブラックコーヒーで目を覚まして出勤する。


お店が終わるのは深夜1時。


お客さんとアフターのお付き合いがあれば出かけるし、そうじゃなかったら飲みにいく。


家に帰るのは大体明け方。

酔った体でベッドに倒れこみ一日が終わる。



ただその繰り返し。



ケンへと書いた手紙は小箱に入りきらないぐらいに増えていた。









雪の降る2月が来て……18歳の誕生日をお店で迎えた。



お客さんに花束をたくさん貰って今日だけはアタシが主役の店内。

いっぱいいっぱい盛り上げてもらった。

やっと年を誤魔化さなくていいんだって、そんな事が嬉くて。




またバレたらどうしよう!?

不安で大人ぶってたけど今日からは素を出してもいいんだ♪




4日後。





赤ちゃんの2回目の命日をまた一人で過ごした。


来年からは二人で祈ろうね。そう思ってたのに。











そのまま3月が過ぎ……。











4月になってもケンは来なかった。








ケンに逢えないまま、結局アタシは未だにホステス生活。



そんなお店には元風俗のモモちゃんと言う仲間がいる。


これはもちろん二人だけの秘密♪……だってホステスさんは風俗嬢を軽蔑してたりするからさ。




そんなモモちゃんが借金を理由に風俗業へ戻ったのをきっかけに……。


アタシもつられて昼間は風俗に戻った。




だらだら一人で家にいるよりも動いてたかったんだ。


今更お金が欲しかった訳じゃない。





こんなに待ってるのに。



ケンが来ないから。



仕事だろうが、遊びだろうが【何か】で時間を埋めていないとオカシクなりそうだった。



現実を見る勇気、それすらアタシからは失われていた。








どんどん荒れてすさんでいく生活。




ケンが迎えに来てくれない、という現実をどうしても受け止める事が出来なくて。




なにか理由があるに違いない。


そう信じたい。

信じるしかない。




人の幸せが憎くて、最低な人間に成り下がった。




幸せな人と一緒にいたらアタシも幸せになれるのかもしれない。




ラブラブな彼女がいるオトコ。

人気のホスト。

昼間働いてた風俗店のみんなの憧れだったイケメン店長。

愛妻家のお客……。




誰だって



大概は上目遣いのうるっとした瞳で見つめれば簡単に落ちた。




アナタは幸せなの??

アタシに幸せを分けて下さいな。










幸せなアナタ達が放つ言葉。



「一緒に飲もう?」



その誘いは



「あとで一緒にホテルに行こう」



なんでしょ??どうせ。



そんなオトコ達を見て……オトコなんてみんな単純なんだよって笑えた。


楽しくなくても、いつも笑顔の仮面を貼り付けて。






アタシはもう幸せになんてなれない。




それなら……世間の幸せも全部壊してしまいたかった。