「ストロベリーラズベリーブルーベリー!みんなが好きなのはー?」


「「ストロベリー!」」


「あまーくあまーく成長中!べりたんこと18歳の梶原いちごです!」


大人気アイドルグループ、ホイップクリームの一員、べりたんこと梶原いちご。


かわいらしい容貌と人懐っこい笑顔で人気急上昇中のアイドルは、俺の彼女である。






いちごと出会ったのは、高校入試の日だった。


たまたま隣の席にいたのがいちごで、とんでもなくかわいい子だなあ、と思っていて。


同じクラスになったときは嬉しかったし、告白してOKを貰ったときはもっと嬉しかった。


「私も大哉のこと、入試のときから知ってたよ」


いちごは自分の名前がコンプレックスだったらしく、同じ「モノ」の名前である俺に親近感を持ったらしい。


俺は大哉、ダイヤモンドのダイヤである。






いちごがスカウトされたのは、俺とデートしていた時だった。


有名プロデューサーの下、王道アイドルグループを結成する。そのメンバーにならないか。


いちごは、絶対断ると思っていた。


いちご自身そんなにアイドルに興味があるようには見えなかったし、俺はアイドルが正直嫌いだった。


だから、その場で「よろしくお願いします」と即決したときは、本当にびっくりしたのだ。


そんなに甘い世界じゃない、成績もいいんだからやめた方がいい、という周囲の反対を押し切って、いちごはデビューしてしまった。


アイドルと付き合うことはできないと別れを切り出したものの、いちごが別れたくない、と泣いたので2年間付き合い続けている。


俺だって別れたくなかった。
いちごのことが本気で好きだったから。


周りには別れたふりをして、こっそり、本当にこっそりと付き合っていた。


本当は悪いことだと知りながら───。







ホイップクリームはなかなか売れなかった。


握手券をつけてもCDは売れず、たまにテレビに出ては『ぶりっこグループ』と叩かれた。


しばらくしてホイップクリームが売れ出しても、なかなかいちごの人気は出なかった。


いちごは良くも悪くも、ただのかわいいアイドル、でしかなかったのだ。


そんないちごの人気が爆発したのは、クイズ番組でファインプレーを連発してからだった。


いちごが認められたのは嬉しかったが、やはり寂しかった。


売れれば売れるほど会う時間は少なくなっていくし、握手会だって男に媚び売ってるようで嫌だった。






「ねぇ大哉、何か怒ってるの?」


久しぶりに会えた日。


もはや、いちごと外に出かけることは不可能になっていた。


いちごの顔が、知られすぎたためである。


会うのはいちごの姉の家。


俺はいちごの姉の彼氏、という建て前でいちごの姉の家に入り、いちごは妹だから、という建て前で入る。 


これなら、たまたま鉢合わせしてしまっただけだ、と言い訳がつくから。


いちごの姉が、俺達を応援してくれたのが不幸中の幸いだった。


俺の部屋でも、いちごの部屋でもないきちんと整理整頓された部屋は、何回来てもどうも落ち着かない。


「別に」


「…そっか。ジュース、入れてくるねっ」


なんとなく静かなこの空間が嫌で、何気なくテレビをつける。


………テレビに映っていたのは、いちごだった。




『はい、私は今、大人気アイドルグループ、ホイップクリームの握手会会場に来ています!様々な人が来ているようですが…、インタビューしてみましょう。こんにちは!あなたの推しメンは誰ですか?』


『ぼっ、僕のお推しメンはべりたんです!べりたんはかわいくて優しくて最高なんです!ハァハァ』


『ありがとうございます、べりたんこといちごさん、かわいいですよね。最近天才アイドルとしてテレビでも引っ張りだこ。それでは、そんないちごさんの握手会をウォッチングしてみましょう。………笑顔ですねぇ、あの笑顔にファンの方はやられてしまうんで』


「見ないで」


いきなり真っ黒になった場面に驚いて後ろを振り向くと、リモコンを手にしたいちごがいた。


顔を真っ赤にして、俺と目を合わせようとせずに、立っている。


「……いいじゃん。見せてよ、べーりーたん」


いちごをべりたんと呼んだのは、はじめてのことだった。


「……べりたんなんて、呼ばないで」


「なんで?かわいいよべりたんハァハァ」


テレビに映っていたファンの真似をすると、いちごはあからさまに嫌そうな顔をして座り込んだ。


「やめてよ。なんか、大哉らしくない」


「大哉らしい?じゃあいちごらしさって何?べりたんって言われてヘラヘラ笑うのがいちごらしさなわけ?」


「ヘラヘラって…!私はファン様を喜ばせたくて、なるべく笑顔でいようって、思ってるだけ!」


「へぇ、俺とはデートもできないのにファン様は喜ばせたいんだ?へーえ?」


何にこんなにイライラしていたのか。
まさに売り言葉に買い言葉、俺達はどんどんヒートアップしていってしまった。


いちごのことは好きなのに、べりたんは好きになれない。


いちごがアイドルになったとこで抱え込んできたストレスが、一気に噴火したようだった。


「俺が学校で何て言われてるか知ってる?彼氏よりもアイドルを取った彼女を未だに忘れられない元彼氏、って言われてるんだぞ!デートもできない、公表もできない、めったに会えなければメールさえもほとんどできない!付き合ってる意味、ないだろ」


「私は…!私は、大哉と話せるだけで幸せなの、大哉の近くにいれるだけで幸せだもん!!大哉のおかげで、ホイップクリームとして、アイドルとしてやっていけてるの…!」


そう言って抱きつこうとするいちごを、俺は振り払っていた。


甘いシャンプーの香りが、ふわりと漂う。


「……きっもいオタク達を触った手で触んな、気持ち悪い」


いちごは、血の気の失せた顔でぽかんとしていた。


俺も、平然とそんなことを言っている自分が、ショックだった。


そんなこと、本心では思ってない…はず、なんだ。


「大哉は……大哉は、私のことそんな風に思っていたの……!?」


目いっぱいに涙をためるいちごを見て、ああ無理だ、そう思った。


いちごを泣かせてしまう俺は、彼氏失格だ。 


「いちご、別れよう」


「なんで……!!嫌だ、嫌だよ、大哉が好きなの、好きなの!!」


大粒の涙を流すいちごは、とてもかわいらしくて愛しいのに。


なんで、どうして、いちごを応援できないんだろう。


「俺達、もう無理だよ。だいたいさ、お前の大切な“ファン様”を裏切ってるんだぞ、俺達が付き合ってるってことは。お前わかってんの?」


「わかってる…!わかってるもん、でも、大哉が好きなの、離れたくないよ…っ」


「じゃあ聞くけど」



「俺がアイドルやめろって言ったら、お前やめる?やめられる?」


ひっく、ひっく、としゃっくりをあげていたいちごが、一瞬止まってから、とても、とても強い声で言った。


「無理。アイドルは、私の生きがい。私が輝ける場所。絶対、やめられない」


強い意志を持った目に見つめられて、少しびくっとしてしまう。


ほんの、ほんの少しだけ、期待してた。


アイドル活動をやめて、俺だけの彼女になってくれるんじゃないか、って。


もういちごを見てられなくて、ポケットからいちごの姉から預かった合い鍵を出した。


「これ、返しといて。……じゃあな、いちご」


返事もせずにぎゅっと鍵を握りしめるいちごに背を向けて、俺は部屋から出た。


これで


これで、良かったんだ。


元々恋愛禁止だったんだし。


これが、これが普通なんだ。


「…………………くそっ…!」


やり場のない思いを、足元の石ころにぶつけてみる。


石ころは思った以上に遠くに転がって、見えなくなってしまった。






「だーいや!元気ねぇじゃん」


いちごと別れて3カ月が経っていた。


テレビの中のいちごは、何の変わりもなく笑っている。


自分から別れを切り出したにも関わらず、いちごがいないという現実に打ちひしがれていた。


「…和也がいつも元気すぎんだよバーカ」


「なんだよー、最近更に毒舌じゃんか」


「バカにバカって言って何が悪い」


「なんだよー。せっかく誘おうと思ったのに」


「………誘う?何にだよ?」


和也は得意気な顔でチケットを2枚取り出した。


「じゃんじゃじゃーん!ホイップクリームのコンサートチケットでーす」


「……………いちごの!?」


思わず立ち上がってしまった俺に、和也はニヤニヤしながらチケットを一枚差し出した。


「やっぱいちごちゃんのこと引きずってんじゃん。これ兄貴から貰ったんだよね。なんか兄貴が就職の面接入ったらしくてさー。だから一緒に行こうぜ」


アイドルとしての、いちご、べりたん。


見てみたい気もあるが、直接見るのは、なんだか嫌な気もする。


「……でも」


「よし、じゃあ金曜日の夕方4時にお前んち迎え行くから!用意しとけよー!」


和也はほぼ無理やりチケットを押し付けて、教室を出て行った。


「…………ホイップクリーム、か…」




ホイップクリームのグループカラー、ピンクのサイリウムが会場を埋め尽くしていた。


「…………すごいな」


そして驚いたのは、女子が多いこと。


3割か4割は女子だった。


「やべえ、テンションあがるー!ほら、お前もサイリウム持てよ」


「ああ、ありがと」


初めてのいちごのライブに、緊張して仕方なかった。


最初はいちごが出るテレビ番組を録画して、何回も見たりしていたけれど、最近はいちごを、べりたんを見ないようにしていた。


会場が暗くなり、ステージに灯りがともる。


「みなさーん!今日はホイップクリームのライブへようこそ!楽しんでいって下さいね!」


そんな声と共に、ピンク色の衣装を着たいちご達が現れる。


「それではまず一曲目!潮風プリンセス、聞いて下さい!」






ただただ、圧倒されるだけだった。


全力で踊るいちご。


バラードで魅せるいちご。


トークで盛り上げるいちご。


笑顔を絶やさないいちご。


それは、まさに一流のアイドル、べりたんだった。


最後の方はホイップクリームに心を奪われていた。
 

それと同時に、べりたんをまともに見ようともせず、批判したことを後悔した。


アイドルなんて、って馬鹿にしてごめん。
べりたんを見ようともしなくて、ごめん。


謝りたくて仕方ない。


いても立ってもいられなくて、俺はホイップクリームの最新CDを予約した。


俺に残されたいちごと話す場所は握手会しかなかった。