「ん!?」
それは桐谷からのキスで、
目を開け離れようとした時には、
桐谷の右手が私の頭の後ろをぐっと押して、左手が腰に回っていて、
離れようとしても女の私にはびくともしない。
そのキスは自分の唇を強く押し付けるような強引なキスで……
これ以上は息が……と窒息死しそうになった時、やっと離れた桐谷の唇。
しかし顔は直ぐ近くで、
やっと息を吸えた私はゼーゼーしていて文句を言えなかった。
ジッと20センチほどの距離で私を見ていた桐谷は口を開くと……
「雪乃、好きだ」
甘く囁くようにその言葉を出した。
「はあ!?んんん!!」
やっと喋れると思ったらまた重なる唇。
口を開いていたところだったので、
その間からヌルッと桐谷の舌が入り込み、
強引に私の舌と絡める。
私の頭は真っ白で、されるまま桐谷に翻弄され続けた私は、
桐谷の腕から解放されるときには、立ってられず座り込んでしまった。
やっと息を整えて立ち上がれた時には、
HRが始まるチャイムが校内に鳴り響き、
私はやっとの事桐谷から解放されたんだ。
私はこれで知った。
桐谷から離れる方法が無い事と、
桐谷を怒らせたら最悪窒息死か監禁されると…
それから今…11月まで、
桐谷はどこかに隠しカメラでも設置して見ているんじゃないのか?と思ってしまうくらい敏感に、
私が男子と接触するのを邪魔した。
あの廊下の時みたいに強引にキスされたりってのは無いが、
周りが『ああ、桐谷君また藤崎さんに引っ付いている』と思うくらい、
桐谷は私を束縛していた。
「雪乃。今日買い物に付き合って」
朝私を待ち構えていた桐谷が言ったのはそんな誘いだった。
「え…面倒く」
「用事ないだろ。放課後下駄箱集合な」
『面倒くさい』と言おうとしたところ、
案の定強引に取り付けられた約束。
何故私のスケジュールさえ把握しているのだろう……
ため息は吐くが、別に嫌だとは思わない。
これが桐谷の普通であり、
ここ2か月くらいでそれに慣れを感じているのか…
兎に角嫌ではないんだ。面倒くさいけど。
「あんなに最初は嫌だ嫌だって顔していたのにね。
飼いならされて来たのか…」
教室で優理と話していれば、
相変わらず桐谷と私を面白いネタにしている優理はニヤニヤしている。
桐谷の事は最初から嫌いではない。
面倒くさい性格と、
自分勝手な強引さと、
犯罪的な発言と、
私に対しての束縛癖が無ければ…
多分元々好むものが似ているらしい私たちは、
そんな桐谷の異常さが無ければ『友達』として成り立てただろう。
「ねえねえ!雪乃ちゃん!」
休み時間、優理とボーっと話をしていれば、
クラスメートの吉村さんの元気な声。
背が低くて、目がくりくりで、
明るい茶の肩まで伸びた髪の毛はパーマが掛かってふんわりしている。
小動物なイメージだ。
私とも優理ともタイプが違う。
そんな吉村さんとは、そんなに会話をした事がないが、
フレンドリーな性格らしい。クラスの女子皆を名前で呼んでいる。
「なに?」
「雪乃ちゃんにずっと聞きたかったんだけどさ!
やっぱり雪乃ちゃんと桐谷君って付き合ってるの?
今日2人で廊下歩いて居るの見ちゃった!」
ニコニコうきうきという効果音が付きそうなくらい笑顔な吉村さんは、
私と桐谷の事を聞いてきた。
「付き合って……ないけど……」
何故か歯切れが悪い感じに答えたのは、きっと吉村さんのニコニコに圧倒されたからだ。
「そうなの?後ろ歩いていたから『今日買い物に付き合って』って桐谷君が言っているの聞こえちゃって、
仲良いな~って思ってたの。ただの友達なんだ?」
『友達』なのかも不明である。
奴の強引さにいつも私が振り回されてるという感じだから……
えっ…ジャイ●ンとスネ●!?
「雪乃ちゃん桐谷君と友達で良いな~!
あっ!ねえ!私も一緒に良いかな?私も桐谷君とお友達になりたいな」
手のひらとひらを合わせて首を横にコテンと倒した吉村さん。
可愛いそのおねだりポーズに、
私の隣で様子を見ていた優理が『おー小動物吉村さんかわいー』なんて言っている。
私がこんなポーズしても周りが引いていくだけなんだろうな。
これは吉村さんに許されたポーズだ。
私はその可愛らしさに…
「良いよ。ってかむしろ私の代わりに行ってほしいくらいだよ」
と答えた。
「えっ?何で?実は雪乃ちゃん用事あるの?」
心配そうに聞いてくる吉村さん。
可愛い吉村さんの頭を撫でていた優理が、
「いや~実はね、雪乃は桐谷君を束縛体質にしちゃったみたいでね。
離してもらえないさ、桐谷君から!…プププッ」
さっき話始めた人に、そこまで事情を話すのかと思ったのだが、
吉村さんはずっと心配そうな顔で、変な事周りに言いふらさなそうだし、
優理としては面白話として言ったようだ。
「じゃあ…じゃあ、雪乃ちゃんは桐谷君から離れたいの?」
ガシッと私の腕を小さな手で掴む吉村さん。
眉間には皺が寄っていて、
笑い話ととらえるよりも、心配させてしまったようだ。
「う~ん。最近は慣れが出てきたんだけどね。
しかし面倒くさいよね、束縛癖が…」
私は苦笑いで言う。
『離れたいの?』の質問には直接的に答えなかった。
答えられなかった。
「………わかった。雪乃ちゃん!
私、桐谷君から離れられる様に協力するよ!!」
意気込んで言う吉村さんに私は口をあんぐり開けたし、
優理は『面白くなりそーだな』なんて喜んでいた。
奏多サイド―――――――
「は?ってかあんた何?」
放課後の下駄箱。
雪乃の下駄箱で待っていれば、
小さい女子が来て突然…
「雪乃ちゃん、行けないから私が代わりに行きます」
と言われた。
「私は吉村 瑠璃(よしむら るり)。
雪乃ちゃんと同じクラスなの。
雪乃ちゃん行けなくなっちゃってね。
代わりに私がってなったの」
俺を見上げて説明する吉村は、雪乃の代わりに来たらしい。
だったらメールすればいいのに、ケータイに無頓着な雪乃はやっぱり俺にメールしてない…
アイツは直ぐに探し出すとして…
「じゃあ買い物は良い。
雪乃じゃないと意味ないから」
そう吉村に行って、雪乃の教室へ行こうとすれば…
「待って!」
グッと俺の腕を引っ張る小さい手。
チっと舌打ちを軽くして止まり、吉村に振り返る。
すると眉を寄せた吉村。
「ちょっと雪乃ちゃんの事で話があるの」
………雪乃の事?
深刻そうなその顔から雪乃のどんな話が出るのか気になって、
俺はそいつについて行った。
――――――――――――――――
私は皆が教室から出ていく中で、
教室の窓から外を見ていた。
「あ……」
玄関から出て行った吉村さんと桐谷。
桐谷は吉野さんから話を聞いて、
吉野さんと買い物に行くことにしたようだ。
なんだ……
なんだ……
私じゃなくってもいいんじゃん。