この束縛野郎が!!







2人で分担して資料探しや資料の写しをしている内に、周りの人は段々に減ってきて、

暑いくらいにカーテンへ光っていた光も落ち着いてきた。


近くの席の人が席を立ってズズズッと椅子を引きずった音に集中力を切らせたのか、
桐谷君がシャーペンを置いて唸りながら両手を伸ばす。




「藤崎さん、どこまでできた?」




くるっと私の方を見て聞いてきた桐谷君に、自分がさっきまで書きこんでいたノートを見せる。



「私はここまでやったけど、桐谷君は?」


私が聞き返せば、桐谷君は自分のノートを私に見せる。


男の子の字だが、他の男子みたいに雑な感じじゃなくって、見やすい字だ。




私と同じくらいの量を進めていた桐谷君と時計を見て、


『そろそろ閉館の時間だね』と言いながら立ち上がり、出していた資料や筆記用具類を片づけた。






2人で外に出た時は暗くなっていて、

出た時にムワッとした生暖かい空気が嫌だったが、
日中の暑さに比べれば全然マシだ。



「…藤崎さんっていつも髪縛らないでいる?」

私の後ろから図書館を出た桐谷君に言われ、私は目を見開く。

私は今長い黒髪をポニーテールにしている。
しかし学校の時は縛らずに伸ばしたままなんだ。
縛るとしたら大掃除とか体育とか…


「縛らない時のが多いけど?」


不思議に思いながら言い返せば、


「じゃあ藤崎さんの事だな。『1組の黒髪美人』って」


………1組の黒髪美人?



確かに私は1組だが、黒髪美人なんて知らない。




「クラスのダチが騒いでたんだよ。藤崎さんの事綺麗だって。
いつもサラサラな髪をなびかせてて、整った顔しているんだけどちょっと冷めた感じで近寄りずらいって」



「え?それって褒められてるの?貶されてるの?」



「褒められてるんだよ」





 





知らなかった。


そんな風に思ってくれている人がいるんだ…




「ってか、藤崎さん他の宿題も図書館でやるつもりなの?」


突然の切り替えに桐谷君を見上げてから考える。



「資料が必要なもの以外は家かな…外出るの面倒くさいし…」


そう私が言えば…



「図書館でやろうよ。一緒に」


桐谷君からの誘い。



「いや…でも…」


「一緒に宿題やろう」





ズイッと顔を近づけて、半ば強引な口調。




何故だろう…段々に桐谷君が強引になってきた気がする。



段々に近づく顔に後ろへ顔を引きながら、


「わ…かったから…」



慌てて返事した私。



返事をした途端に顔を離した桐谷君は、
『よしよし』なんて言いながら満足そうにしていた。




私はため息を吐いて桐谷君を見た。




面倒くさい事になったな……





 





まあその日は連絡先だけ交換して、
次の日からは市営図書館で一緒に宿題をする事になったのだが、

日が経つにつれお互いの事も知ってきて…
私が『桐谷』と呼ぶようになり、桐谷は『雪乃』と呼ぶようになった。


桐谷は日を増す事に私への強引さが増してきている気がする。


図書館で勉強中、桐谷がトイレに行っている間に、私へ声を掛けてきた男の人がいて、
ちょっとした世間話をしていただけだったのに、凄い不機嫌な顔で帰ってきた桐谷は男を睨みつけて退散させた後に、私との距離を縮めて隣へ座り、


『何声かけられてんの?』なんて低い声で怒ったのだ。


「『いつも居るよね』って言われただけだし」
と言えば不機嫌さが増して、

「内容の問題じゃなくて男が喋りかけた事自体が問題なんだよ」


なんてふて腐れていた。



この意味不明な男…面倒くさい……





そう思い始めた頃に、痴話げんかっぽくなり、


「桐谷面倒くさい、私明日から来ないから」


と言ったら…………



こっちが桐谷の意味不明さに怒っているのに、


『は?』と呟いた桐谷は私の片腕を取ると自分にぐっと近づけて、



「もう俺は、雪乃から離れるのも、雪乃が他の男と喋るのも無理。

本当なら俺の部屋で監禁したいくらいなんだよ」




と問題発言。


初めて会った時の桐谷の爽やかそうな雰囲気はどこ行った?


段々に皮が剥がれて来たのかと思ったが、

『俺だってこんな俺知らなかったよ。雪乃に出会ってからこんな感情を雪乃にもつんだから、雪乃が原因でなってるんだよ』


なんて自分で言ったのだから、
私に出会ってしまった事が原因らしい。



 




どうやら私に出会い、仲良くなるにつれて束縛体質へと変化した桐谷。

少し責任を感じて離れようともしたが、それは桐谷が断固許さなかった。


『絶対ダメ』の一点張り。


男と話せば怒る。

ケータイは知らない内に見られる。

『あの男雪乃狙ってるから喋るな』と忠告のような脅迫。

私自体メールに執着が無くて返事なんて滅多にしないのに、
女子並みに来る桐谷のメールと返さないと来る着信。

プライバシーも何も無いそれは、犯罪の様にも感じる束縛。



しかし、そんな桐谷を警察に突き付けないのは、
私がそうさせてしまったという罪悪感と、
桐谷はこういう人間だという諦め。



夏休みのある日から、

面倒くさがり屋の私は、自ら面倒くさい奴を背負う事になったのだ。













ああ…………今すぐ逃げたい………















 





新学期になり、久々に会った友達の優理(ゆうり)。

優理は夏休み中部活一途に頑張ってたんだ。

陸上部に所属している優理は、
運動神経抜群で、ボーイッシュなスタイルと長身、
サバサバした性格なので女子から人気がある。

前に女子が言っていたには『そこらの男子よりカッコイイ』だそうだ。





「なーに。夏休みに面白い事になってるんじゃないか」

夏休み中にもちょこちょこ話したが、
教室で詳しく桐谷の事情を話せば、ニヤニヤしながら聞く優理。


『絶賛面白がり中なう!』って顔が言っている。




「桐谷って5組の桐谷奏多でしょ?
女子皆噂してるよね。見た目爽やかだけど中身は冷たいとか」



「確かに見た目爽やかだけど、強引だし人のプライバシーなんてお構いなしだよ。やっと学校が始まってホッとしているくらいなんだから…」





そう…学校が始まれば一緒に図書館へ行くことも無い。

クラスも違えば会う機会もない。
今までお互いを知らなかったのがその証拠だ。


結局宿題が終わっても、桐谷に図書館強制連行されていたのだが、
夏休み最終日、私がどれほど嬉しかった事か…









………これであの珍妙な夏休みは終わり。


面倒くさい桐谷ともおさらば。










そう思っていたんだ。






 






「あの、藤崎さん…」



優理と話をしていれば、突然掛けられた遠慮深そうな声。



優理と一緒に振り返れば、少し緊張した顔で立っているクラスメートの男子。


「なに?」


返事をすれば男子は一息ついて、
気合を入れたような顔で私の顔を見た。


「あのさ!今度の日曜なんだけ――」

男子の声はそこまでしか続かなかった。


いつの間に人のクラスに来ていたのだろう…



「雪乃、来て」


私と男子の間に入るように現れた桐谷。


桐谷に気づいた女子が若干騒いでいる気がする。



私の腕を取った桐谷はぐっと引っ張るように私を連行した。





桐谷が足を止めたのは人通りが無い廊下の端っこで…


「何なの?」

少し怒り口調で聞けば、


「雪乃が他の男に誘われそうになってたから」

しれっと答えた桐谷。






 




「別に桐谷に関係ないでしょうが」


「雪乃が他の男と出掛けるとか絶対無理」


相変わらず自分勝手で強引。




「ねえ雪乃…」


呆れてため息吐いていると、

急に伸びてきた桐谷の両腕。


その腕が私の後ろにある壁に手を付くように置かれて、

私は桐谷が壁に着いた右手と左手の間に居る。

つまりは桐谷の腕に囲まれた形になっている。



どうせ『どいて』と言っても無駄だ。

諦めた私はジッと目の前の桐谷を見る。








「雪乃が離れて行くのは嫌だ。雪乃が他の男のモノになるのは絶対嫌だ。

日に日に増す独占欲と他の男に対する嫉妬心。

どうしたら良いんだろうね?

もう俺は、雪乃を俺しかいない部屋に閉じ込めたくて、閉じ込めたくて、
誰にも雪乃を見せたくなくて、可愛がり尽くしたくて仕方がないんだ」



その桐谷の目は、獲物を狙うような目をしてたかと思うと、段々にぞくりと背筋が逆立つ様な甘ったるい顔つきになる。





「雪乃が好き。どうしょうもないくらい雪乃が好きだ。
でも雪乃は俺を『面倒くさい』『ウザい』って言っているから…

だから雪乃が俺を好きになるまで、俺は雪乃を絶対離さないよ。

あ…違った。好きになってくれたらもっと離さないけどね。





だから雪乃。


大人しく俺を好きになれ」







 











なんて強引な!

普通の告白とはかけ離れたくらい犯罪的な言葉。



私に桐谷の束縛から逃げる手がないというのか…




この状況に置いて、私は絶対不利な体勢である。


もし桐谷の機嫌が悪くなる事を言ってしまったら、

私は最悪監禁もあり得るかもしれない。



…………



「桐谷、私は今どうしたらいい」


桐谷の不思議な思考は私には解読できない。

ならば本人に聞いてみた。



桐谷は、じっと私と目を合わせて…フッと笑う。


「取りあえず今は目を閉じてジッとして」


『何で』と言いそうになったが、
機嫌が悪く無いようなのでそのまましたがって、目を瞑る。





すると、少し空気が重くなった気がした直ぐ後に………








唇に触れた柔らかい温もり。







 







「ん!?」





それは桐谷からのキスで、



目を開け離れようとした時には、

桐谷の右手が私の頭の後ろをぐっと押して、左手が腰に回っていて、


離れようとしても女の私にはびくともしない。


そのキスは自分の唇を強く押し付けるような強引なキスで……











これ以上は息が……と窒息死しそうになった時、やっと離れた桐谷の唇。



しかし顔は直ぐ近くで、

やっと息を吸えた私はゼーゼーしていて文句を言えなかった。




ジッと20センチほどの距離で私を見ていた桐谷は口を開くと……



「雪乃、好きだ」


甘く囁くようにその言葉を出した。




「はあ!?んんん!!」



やっと喋れると思ったらまた重なる唇。





口を開いていたところだったので、
その間からヌルッと桐谷の舌が入り込み、
強引に私の舌と絡める。


私の頭は真っ白で、されるまま桐谷に翻弄され続けた私は、

桐谷の腕から解放されるときには、立ってられず座り込んでしまった。