「…何故、母上は何も伝えなかったのですか?」

父は待っていたのかも知れないのに。

「……彼は、貧しく身分の低い家柄の生まれなの。私が良くとも私の周囲はきっと彼と一緒になることを許さない。それに、無欲な彼を領主の家柄の権力争いには巻き込みたくなかった」

そこまで言葉を紡ぐと、厘はゆっくりと首を振った。

「その代わりに、お前に苦労を掛けていることは…本当に済まないと思っているわ」

「…母上」

「幸い、お前はその金の髪以外は私に似たようだから…彼のことを思い出すことは余りないのだけれどね。お前のふとした仕草や言葉が、あの人と重なることがあるの。お前は父親のことを何も知らない筈なのに」

厘はそう言って苦笑したが、その表情は少し嬉しそうにも見えた。

そんな顔をする母を、周は初めて見た。

「世の中ではまだ、身分や種族の差別意識が強い傾向にあるわ。移民が多く異種族に対して分け隔てない国と言われる春雷でも、完全に差別がなくなった訳ではない」

厘が、身分格差を嫌う最たる理由が解った気がする。

勿論父とのことだけではないのだろうとは解っているが。

「私の代のうちに、それを全てなくすことは叶わなかった…周、私はお前に私の叶えたかったことを託したいの」

母が、成し遂げられなかったこと。

領主として賢明と名高い母にも、出来なかったこと。

それが果たして自分に出来るのだろうか。

片親のいない、純粋な春雷の人間でもない、この自分に。

身分や種族の格差が存在しない世の中など――