「あのときあんたは、駅の方からやたらせわしなく走ってきて。逆に駅に向かって友達と歩いていた俺と、すれ違いざまにぶつかった」 

「……あ、あのときあたし、バイトの時間に、遅れそうで……」

「──ぶつかって、反動で地面に転けそうになったあんたを、とっさに俺が支えて。あんたはペコペコ俺に頭を下げてから、また危なげに走って去って行った」



あたしの髪を梳いていた彼の手が、耳の後ろあたりで動きを止めた。

また、その瞳が。甘くやさしく、細められる。



「……一目惚れ、だったんだ。だからあんたが裏口から入ったカラオケに、拾った定期を持っていった。そこでバイトを募集してるって知って、迷わずその日のうちに申し込んだ」

「……!」

「定期を、その日中に、届けなかったのは──もしバイトに不採用だったら、あんたとのつながりが、完全に切れちまうと思ったから。だから採用が決まった次の日になってから、店長に届けたんだ」



ふう、と、そこで彼は、息をついた。

どこかばつの悪そうな顔をしながら、コホンとひとつ、咳払いをする。



「で──俺はあんたと、付き合いたいと思ってんだけど」

「……ッ、」

「あんたとしては、どーなわけ?」

「ぅえっ?! えっ、と、」



じっとこちらを見下ろしてくる彼の眼差しに、おろおろ、あたしは視線をさまよわせる。

そうしてようやく、口を開いた。