「その父様を、菊村様は首を跳ねたのよ…!後から知ったけれど…父様を生け贄に提案したのも、菊村様だった」

「雪。もういい。わかったから…」

「結局っ、人間なんてみんな同じよ!みんな嫌い!大嫌い!!だからわたしは呪ったの!恨んだの!化け物と云われてっ、父様も殺されるならいっそ-…んっ」

雪の唇にキスをして、強引に言葉を遮る。
言葉を1つ吐き出す度に、こんなにも苦しそうな顔をする。


優しくて面倒みが良くて繊細な雪。
意外と感情豊かで、真面目で律儀でよく怒る。
冷たく振る舞いながら優しさが隠せない。
怒りながらも臆病さが拭えない。
憎しみを捨てられなければ情も捨てられない。
心配になるくらい誰より甘いんだ。
ふとした時に微笑む笑顔が可愛い、ただの一人の女の子だ。

ずっと憎み続けるだなんて、何よりも耐え難いだろうに。
そんな雪が背負うには余りにも惨すぎる黒く渦巻く激情を何百年も背負って、
…どれだけ苦しかっただろう
…どれだけ悩んで、涙を流したんだろう

柔らかくて…冷たい、雪の濡れた唇。

呆然とする雪を、強く抱き締めた。

「は、ハル、キ…っ?」

「…じゃあなんで、オレを助けたんだよ!」

やっぱり、細いな、雪は。

「同情したんだろ。憎いなんて言いながら、死にそうなガキの俺を見たら放って置けなかったんだ。…孤独に凍えて死ぬのがどれほど怖いか、知ってるから。その優しさが憎しみより雪の心を縛ってる。だから人も殺せない。…知ってたよ、昔っから」

こんな細い身体に、どれだけの苦悩を背負ってきたんだろう。

俺は知ってるんだ。

この背中にある無数の惨い傷跡。

自分の傷を差し置き、父の姿に嘆いた雪の繊細さも。

「そんな事言ってるけど、雪はとことん優しすぎんだよ」

「…なに、言って…!」

「それを教えたら、オレが雪を怖がって離れると思ったんだろ?」

雪の息を呑む気配がして、それが正解だったことを確信した。

「雪は、怖がってるんだ。大切な人が自分のせいで死んでしまうのが怖いんだ」

だから、突き放そうとする。

雪は、ずっとそうだった。

「…っ」

「大丈夫だから。オレは死なねぇよ。雪を悲しませたりしない。ずっとそばにいる…愛してるから」

雪の身体が震える。

「…わたし。わたし、は…」

声が震えている。

雪の過去は、残酷だ。けど…初めて、雪に触れられた気がした。

「…ハルキ。わたしは、化け物よ…?とても…醜いわ。冗談なら…」

「冗談なら、こんなことしねぇし。化け物なんて言うな。…雪は綺麗だよ。世界で一番」

優しく、ささやく。


…雪は、子供みたいに泣きじゃくった。


そして初めて、抱き締め返してくれた。