小鬼達には場を外してもらって、雪と二人になった。

「菊村様のこと、ね。何が知りたいの?」

雪が小さい声で話を切り出した。

「…菊村ってやつが書いた雪女の話があったんだ」

紅い瞳が丸くなる。
雪の心が揺れている。
臆病な色を含んだ彼女の瞳に、嫌でも悟ってしまう。
雪にとって菊村とか言うやつは「特別」なんだ。

ああ、苦しい。ズクリと心臓を抉られるようだ。

「菊村と…どんな関係だったんだ?」

あまり口調がきつくならないように気を付けて訊いた。

…聞いたくせに、雪の反応が怖い。

「…あの人はわたしが住んでいた村の次期村長だったわ。誰にでも、わたしにも優しくて…、そうね。烏滸がましいけれど、友人だと…思っていたわ…でも」

一瞬の間を置いて、雪が口を開く。

「あの人は、わたしの父を殺した憎い人間よ」

雪の顔が、歪んだ。


「…っ。菊村様は、お優しい方だと思ってた。他の人とは違うって…思ってたのに…っ」

初めて見る雪の表情だった。

激しい怒りと憎悪。今まで雪が何百年もその胸に秘めていたもの。
そしてーーーーーオレに、ずっと見せてくれなかった顔だった

「父様は、わたしの唯一の肉親だったの。わたしには…っ父様だけだった!なのに…!」

強い声を圧し殺すように、小さい手に力が入っている。

「…わたしを、殺して欲しかった。生け贄をっ、捧げるのなら、間違いなくわたしなのに」

…殺して欲しかった。

その言葉が、胸を突き刺す。


「菊村様は、あの人は化け物の父を生け贄にしたっ!痛め付けて、痩せ干そって、…最後は腹を引き裂いて、首を飛ばしたっ!!!」

「雪…」

「ハルキは知らないでしょう!」

雪がオレを見た。

憎しみに満ちた目から、涙が落ちる。

…オレは、雪の流す涙を初めて見て、言葉が出なかった。

「わたしのためにと、日に日に父様が窶れていく腕を!不揃いの指を!見えないほど腫れ上がった左眼を!剥がれた背中の皮を、赤く染まっていく牢獄を、見たことがあるの!?」

「…」

「それでも笑ってみせた父様の顔を!声を!ありもしない罪で…、わたしの換わりに、そんな目にあったのよ…っ」