「別に謝らなくていいよ。
あの手紙には正直な感想が
書いてあっただけで、
俺も同感だったから」
え?
「そういえば佐野さんって、
所属事務所は大手なのに
小劇場ばっか出てるから
なんでですかって
俺、聞いた事ありましたよね」
「そりゃあれだ。
エリート路線から
外れちまったから
細々とやってんだよ」
「違うじゃないですかぁ。
あん時言ってくれたのは、
一番後ろの席のお客様でも
ちゃんと満足して観てもらえる
劇場でやりたいからって」
え…?
それで、佐野くんの事、
あんまり見なくなったんだ…。
「それって。
成田渉子って名前
覚えてるぐらいに、
成田さんの手紙が印象的
だったって事ですよね?」
「ま、正直言うと少なからず、
俺にとっては
芸能生活の指針を決めた
特別な手紙だったかな」
特別…。
私の手紙が…、
佐野くんの特別。
「ま、書いた本人は、
書いた事すら
忘れてたみたいだけど」
うっ、不覚…。
「今日は誰を観に来たのかは
知らないけど、
俺はもう苦情の手紙は
いらないから」
「佐野さんっ」
「だって今更苦情言われても、
もう俺も40だから、
今更生き方変えられないぞ」
ふふっ。
佐野くんらしい言い方だな。
さあ、もう帰らないと。
これ以上ここにいて、
実は今日も佐野くんを
観に来たんですなんて
言ってしまったら
私もう日常に戻れなくなる。
「じゃ、そろそろ失礼します」
ガチャ。パタン。
さようなら…。
夢の世界はここで終わり。
…帰んなきゃ。
ガチャ。
「成田渉子っ」
え?佐野くんっ。
「2月また芝居やるから
独りで暇なら観においでよ」
え?
「あ〜、感想の手紙とかは
いらないから。
ま、ラブレターなら
受け付けるけどね」
佐野くん…っ。
「じゃ、気をつけて帰りなよ」
「…はいっ」
やだ、泣きそう…。
「あ、それと」
「はい?」
「次来る時は、
最初っからその格好の方が
かわいいと思うよ」
さ、佐野くんっ!
「じゃ、2月ね」
パタン。
………ううう〜。
ダメだもう…。
心臓が痛くて、
涙が溢れて来る…。
とにかく早く、
ここから出て冷静になろう。
…はぁ。涙拭いたら、
化粧みんな落ちちゃった。
クマ丸出しの
凄い顔してるんだろうな私。
佐野くんの最後のお誘いは
一体何だったんだろう。
単にチケットが一枚でも多く
売れればいいと思ったのかな。
まあ、それでもいいや。
今まで37年の人生の中で
今日ほど素敵なイヴは
なかったもん。
20年前のバカな私よ、
ありがとう。
2月、絶対観に行こう。
そして、今度は
クリスマスイヴの奇跡がくれた
この溢れる思いを
送っちゃおっと。
ラブレターは
受け付けてくれるって言った
言葉を真に受けて。
−完−