「こんなものかな?」

姿見の鏡で明らかにいつもと違う自分に少し苦笑してリビングに戻り、時計を見るともうタクシーの到着する時間になっていた。
自分の部屋に行き、持って来たバッグの中からクラッチバッグとパンプスの入った箱を持って玄関に向かう。箱から出してパンプスを履いてみる。いつも以上に高くて細いヒールに少しぐらつく。
でもせっかくのお洒落だから頑張りたい。
自分の中で「よし!」と気合を入れてバッグを持ち、玄関のドアを開け外に出る。

「じゃあ、行ってくるね!」

姿は見えない両親に一言声をかける。

「は~い、気をつけてね」

2階の方からお母さんの声が返ってくる。
玄関を出て庭先を歩く。自分がいた頃より植木も花も増えていることに気がつく。何だか不思議な感じ。
よく遊んだ小さな思い出の場所が変わっていく事に少しだけ寂しさを感じた。
門を閉めて家の前の道に立つと、タイミングよくタクシーが到着してドアが開いた。

「柚原さんですか?」

開かれたドアからこちらを向いた運転手さんに声をかけられる。

「はい、お願いします」

答えながらシートに座り行き先の結婚式場を伝えた。
直ぐに車は走り出し私は窓に流れる景色をボーっと見た。景色を見ていたはずなのに何も記憶に残らない。
視線は景色を追っているのに、頭の中は昨日の記憶をたどっていたからだった。
さっきまで英輔と会う事で緊張が占めていたのに、車窓に流れる景色を見て思い出したのは健吾の事だった。

昨日は久しぶりに休日出勤をした。

月曜日の会議の為にどうしても揃えておきたい資料があって、本当は早めに実家に帰りたかった気持ちを抑え、朝から出勤し資料作成に没頭していた。
夕方になり必要な資料の一部の内容を聞く為に健吾に電話した時に自宅にいたらしく、わざわざ会社まで来て一緒に資料を仕上げてくれた。
帰りに『車で来たけど代行でも頼むから美好に寄っていこう』と誘ってくれたが、明日の結婚式の事と実家に帰る事を伝えて美好に行けない事を謝った。
ここまで手伝ってくれたのに申し訳なく思い謝ると、健吾は全く気にした感じはなく思わぬ提案をしてきた。