「少し寄り道して行こうか」

「え?」

駅への方向と違う道と逆の方向へ、澤田くんはゆっくりと歩いていく。突然なことに驚いて足が止まったままになる。

「どこ行くの?」

振り向いた澤田くんは、驚いた顔の私を見て微笑んだ。

「公園。すぐ近くに小さい公園があるから、酔い覚ましして行かない?」

「公園・・・酔い覚まし?」

澤田くん酔っているの?今日はそんなに飲んでいないと思うけどな。
私も急ぎ足に歩いて、澤田くんに追いついた。

「その先を曲がったとこに公園があってさ、時々仕事中に車で通るんだ。子供の頃に遊んだ公園に似ていて懐かしいなって思っていたんだ」

行ってみると本当に小さな公園があった。
澤田くんは自動販売機でミネラルウォーターを2本買うと1本を私に手渡してくれて、そのままベンチまで行って2人で座った。

「柚原疲れた?大丈夫?」

澤田くんがあまりに優しい顔して聞いてきたからビックリした。
私、そんなに疲れた顔していたかな。
確かにいろんな意味で疲れたけど、どう言葉に出していいかわからない。
疲れた・・ってよりも、もっと黒い感情に振り回された感じ。

そんなことを思っていたら、また健吾と伊東さんの事を思い出して気持ちが沈んできた。

「どうした?」

話しかけても答えないから気になったのか、私の顔を覗き込んだ澤田くんは心配そうな顔をしている。
いけない、こんな顔していちゃいけないよね。

「え・・ううん何でもないよ。ごめんね、ボーっとして」

「そういうとこだよな、柚原が損しているのは」

「え?」

ごまかそうとしたのに、突然意味の分からない事を言われて、澤田くんと目が合ったまま止まる。
何?どういうこと?

「ただ見ているだけで、笑顔で応援して、一生懸命自分の気持ち隠してさ。どれだけの年月苦しんでいくつもりなの?」

「・・・」


   ーどうして?私の気持ち・・ばれてるー


「健吾の事ずっと好きだったんだろ?」

「なんで・・・澤田くん」

私があまりに驚いて口が開いたままになっていると、澤田くんは優しく微笑んだ。
私がパニックになっているのは十分に承知しているようだ。

「見てればわかるよ。柚原が自分の気持ち伝わらないように一生懸命隠してきたの」

「いつから・・・?」

「入社して研修後の飲み会の時だったかな。健吾に彼女がいるって聞いた時、柚原表情変わっていたから、なんとなくね」

そのとおりだ。見られていたんだ・・あの時。


今でも覚えている、あの時の衝撃。


それからずっと気持ち隠しているの見られていたんだ。やだなぁ・・。
なのに私ったら何でもないように見せて、こんなに長い年月片思いしていること知られていたなんて恥ずかしい。

「ばかみたいでしょ、隠しすぎてもう『好き』なんて言えなくなるなんて。私は完全に女友達だからさ、一生懸命健吾の気持ちを応援するしか私にはできないの」

今までの我慢と、今日の2人の姿と、健吾の想いがグルグルと巡って、涙が流れてしまった。
一度流れてしまった涙はもう自分の意思とは関係なく、次々流れ続けてしまう。
その涙を見られるのが恥ずかしくて、一生懸命うつむいた。

「でもそこが柚原のいいとこだと思うよ」

ポンポンと優しく頭を撫でられ思わず顔を上げると、澤田くんは今まで見たことのない優しい笑顔で私を見ていた。
誰もがため息をついて見惚れてしまうような極上の笑顔を。
その極上の笑顔に、さらに涙が溢れてしまった。

「大丈夫?」

ささやくように問いかけてくれる。私は「うん、うん」と首だけ縦に振って答えた。

「今日はよく頑張ったね」

そう言ってくれて、涙の止まらない私にまた頭をポンポンと撫でてくれた。

「ごめんね・・・ありがとう」

私が言葉にすると、『柚原、諦めずに頑張れ』ってささやくように言ってくれた。
嬉しくて心の中で『澤田くんありがとう』とつぶやいた。

「お酒もさ、辛い気持ちばかりで飲まずに今度楽しく飲もう。でも、辛い時はちゃんと付き合うからさ。今日はあのお店で飲んでいても、柚原は2人のこと思い出すだけだから勝手に切り上げちゃってごめんね」

そうだったんだ・・・

健吾の前でこれから飲み本番って言ったのは確かにあの場の空気を読んでの言葉っだったかもしれないけど、その後2杯で切り上げたのはどうしてだろう?って思っていた。
澤田くんには私があのお店にいて辛いって分かっていたんだね。

「ううん、澤田くんは何でもお見通しだね。でも、ありがとう」

微笑みながら首を横に振った澤田くんに何だか少し心が癒された。
澤田くんにしても、咲季先輩にしても私の周りには本当に優しい人がいる。
澤田くんが言ってくれた『諦めずに頑張れ』は、私が健吾を励まして応援する時の言葉と同じだったから、すごく心にきた。

健吾も私の言葉で悩んでも諦めずに頑張っていたのかなぁ。
こんなに苦しくて涙が出ても、私の心の中は健吾への想いでいっぱいだった。