「さあ、私達もランチ行こうか」

「はい」

「でもごめんね、山中くんとのランチ私が断っちゃって」

あんなに問答無用に断っていた咲季先輩もこうやって反省したりする。だから私もつい笑ってしまう。

「そんな、いいですよ。今日は先輩と約束していたんですから。それに、健吾の前じゃ話せないですからね」

「そうよ、今日まで待ったのよ。もう気になって気になって。さあ!お腹も減ったし早く行こう」

咲季先輩はバッグを持ってスタスタと歩き出したので、私も急いでついて行く。

外に出ると暖かい空気に包まれて心地いい。

どこのお店に行くかと話しながら、5分程歩いたところにある咲季先輩お気に入りのお店に入った。

「それで、どうだったの?海も、山中くんも」

ランチのオーダーを済ませるとすぐに本題に入る。

もちろん咲季先輩は周りに会社の人がいないか確認してから話を始めてくれている。

私も何から話せばいいか分からないけど、咲季先輩はゆっくり聞いてくれる人だから、とりあえず土曜日のことを思い出す。

「すごく海が綺麗でした。キラキラしていて、もう楽しくて私一人ではしゃいじゃいました。砂浜で貝拾ったり、健吾に水かけたりして。健吾と休日に出かけるのが久しぶりだったから、すごく嬉しくて。健吾が前の彼女と別れた後から何度もいろんな所に行ったけど、一昨日の海が一番ドキドキして嬉しかった。今までならあたり前にしていた運転中に健吾の口に飴やガムを入れてあげることも、なんだか恥ずかしくてできなかったんです。それで信号待ちの時に手渡ししたりして。変に意識しちゃって、でも楽しかったんです」

咲季先輩は私の気持ちを分かってくれているらしく、微笑みながら運ばれてきたアイスコーヒーを飲んでいる。

きっと聞きたい内容にはまだ届いていないと思うけど、ちゃんと言葉に頷いて笑顔を見せてくれている。

「よかったね、最近楓のいい顔あまり見ていなかったからさ。今の顔見ると本当に楽しかったんだなって分かるよ。山中くんも楽しんでいたんでしょう?」

さりげなく自分の聞きたいことに入っていくのが、私にもわかった。だからありのままに話そう。

「はい、たぶん。でも、健吾がタバコを買いに行った時に声かけてきた人達にちゃんと断れなくて。結局帰ってきた健吾が間に入ってくれて・・・その後なんとなく『彼氏つくらないのか?』とか『幸せになって欲しい』とか『出会いがあるなら彼氏つくったほうがいい』って言われちゃいました」

そこで咲季先輩がため息をついた。

理由は想像がつく。

私自身がその言葉を聞いて、言葉が出せないくらい辛かった。それを咲季先輩も分かってくれている。

「そっか、山中くんそんなこと言ったか。楓は?ちゃんと話できた?」

「はい。私は今、食事も飲みもお出かけも、こうやって行きたい海も一緒に行ってくれる人が私の周りにいるから幸せだって言いました。それから、いい出会いがあっても私は自分で好きだって思った人と付き合いたいって言ったらちゃんと納得してくれました。本当の意味は分からないと思うけど。でも、健吾も海へ行って楽しんでいたし、私に彼氏がいたら簡単に誘えないなって言ってくれていたからいいかなって思って」

「そっか。楓なりに話せたんだね。山中くんもいろいろ考えているのかな?でも楓が楽しかったならよかったよ。それで?あとは?」

ここまで聞いてくれたからちゃんと話すべきかな?何ってわけではないけど。

「その後、雨が降り出しちゃって急いで車に戻ったけど服が濡れちゃって」

「あら!服が濡れてラブホでも行ったか?」

「行きません!」

もう真面目に話しているのに茶化すのだから!

ラブホなんて私と健吾が行くわけない。

雨で濡れようが酒に酔っ払おうが、そんなことはおきない。

私が頬を膨らませて睨むと笑って謝ってくる。

「ごめんごめん、でもさそんな状況ちょっと期待しちゃってさ。ごめんってば。で、2人して濡れた服はどうしたの?」

「それが・・・健吾は着ていたパーカーとTシャツを脱いで濡れていないからってTシャツを私に着ろって渡してきたんです」

「え?じゃあ山中くんどうしたわけ?裸で帰ったの?」

さすがに咲季先輩もビックリらしい。そりゃあそうだ、私だって目の前で健吾が脱ぎだして驚いたし。

「いえ、ダウンジャケットがあるからって。私がブラウスだったから脱いで直接コート着るわけにいかないだろって気を使わせちゃって」

「へえ~そういうこと。なに、山中くんっていい男じゃん。で?楓はときめいちゃったわけ?」

「ときめくって・・・でも恥ずかしかったけど嬉しかったです。その・・・着てみたらTシャツに健吾の温かさが残っていて。変な話ですけど」

「それをときめくって言うんじゃない、ね?楓ちゃん」

咲季先輩はニッコリ笑いながら言い切る。そうかもしれない。

確かに私は健吾の体温の残ったTシャツにときめいたんだ。

自分の体温と健吾の体温がピッタリと重なったみたいで。

もっと言えば、健吾と私の肌が重なったみたいで、本当に私はときめいたんだ。

私の表情で満足したらしく咲季先輩は、まったく手をつけていなかったランチプレートのサラダから食べ始めた。

私もぬるくなってしまったスープを口にした。