氷の魔女とチューリップの塔

「ロ…ッ!!」

途中まで呼んで、やめる。

スリサズの目に、床に転がる無数の屍が映ったからだ。

屍達の服装や風化の具合から、死んだ時代が異なるのがわかる。

近くの村の猟師がこの塔を発見した時よりも前にも後にも、この塔を登った者はいたのだ。

一番新しい骸骨は、頭部に赤い髪が残っていた。

(この人達は、どうして死んだの?
もしかして、ロゼルが待ち人の王子様じゃないってバレたらマズイんじゃ…)

人の気も知らず、ロゼルがガラスケースに歩み寄る。

(お姫様の目的は何!?
ロゼルをどうするつもりなの!?)

少なくとも待ち人と結ばれてめでたしめでたしというオチではないのだけは確かだ。

「そのケースから出てきなさいよ人食い姫!
ぶちのめしてあげるから!!」

『姫を侮辱するなアアアア!!』

室内に不気味な声が響き渡った。

若い男の…しかしロゼルの声よりも明らかに高くてキンキンしている。

ここに居る可能性のある男といえば他には…

「まさか、闇の魔法使い!?」

何百年も前の人物とはいえ、魔法の力でこの世に留まり続ける方法ならばいくらでもある。

そこの姫君のように封印されてしまうのも一つの手だ。

謎なのは…

「あんた、ただ雇われただけの魔法使いでしょ!?
何で用が済んだのにここに居んのよ!?」

『オオオオオッ!!』

「どこに居るの!?
出てきなさい!!」

『ウオオオオオオッ!!』

声は姫が居る方向から聞こえてくる。

それはロゼルが進んでゆく方向で、姫とロゼルの二人の他には、チノリアゲハが舞うばかり。

(魔法使いが人間の格好をしてるとは限らない。
置物か何かに化けているのか、それともチノリアゲハに紛れてるのか…)

紫のチューリップを携えて、ロゼルがガラスケースに手を伸ばす。

ロゼルの手の中で、チューリップの色が赤に変わる。

花言葉は“愛の告白”…

ケースの中の姫君が身を乗り出して、両の掌をガラスに張りつける。

ガラス越しに二人の掌が…

「ダメえええ!!」

二人の掌が重なりそうになったところに、スリサズが飛びついた。
ロゼルの背中にしがみついて、そのままの勢いでガラスケースを蹴り飛ばし、ロゼルの体を引き倒す。

ビシッ!!

ガラスケースにひびが入る。

そして…

そのひびから、赤い液体が染み出してきた。

「血!? まさか!!」

ガラスの破片が姫に当たったというのではない。

ガラスケースそのものが、傷口から血を流しているのだ。

『オオオオオオオッ!!』

ケースが悲痛な叫びを上げる。

スリサズは身を起こしたが、ロゼルは床にしりもちをついたまま茫然としている。

「借りるわよ!」

スリサズがロゼルの鞘から剣を引き抜いた。

(重っ…!)

見よう見まねだが見慣れた構えを取り…

「たァッ!!」

渾身の突きを繰り出す。

剣がガラスを突き破り、闇の魔法使いの断末魔が響いた。



魔法が、解けた。



割れたガラスケースの中で、一瞬前まで輝くように美しかった姫君は、ドレスは古びて黄ばみ、体は干からびた骸骨に成り果てていた。

「お姫様…
本当は、国が滅びた時に死んでいたのね…」

周囲ではチノリアゲハが溶けるように消えていく。

全ては幻…
「…本気で姫のことが好きだったんだ」

「ロゼル、大丈夫!?
あんた、魅了の魔法で操られて…」

「…闇の魔法使いは、本気で姫のことを愛していた。
…城の人々に助けを求められ、姫の御前に通されるずっと以前から。
…いつも遠くから姫だけを見ていた。
…魔法使いが姫のもとへ通された時、姫はすでにこの世の人ではなかったけれど」

「何でロゼルにそんなことがわかるの?」

「…塔の外から覗いた時に、闇の魔法使いと話した。
…どういう術かはすぐにわかったから、話しかけたら返事があった」

「なのにあっさり術にかかっちゃったんだ」

「…………」

「いや、そんな、何も膝を抱えてイジケなくってもっ」

うつむくロゼルの手の中で、最初は紫だったチューリップが、赤から黄、白へと色を変えていく。

花言葉は“叶わぬ願い”から“失恋”へ。

「…闇の魔法使いは、姫に触れてもらいたかったんだ。
…自分から触れることはできないから」

「そりゃまあ、ガラスケースなんかになっちゃってたらね」

「…そうじゃなくて。
…ただ勇気がないだけ。
…だから姫の方から触れてもらいたかった。
…だけど姫が手を差し出すのは、婚約者に似た赤毛の男に対してだけ。
…だから闇の魔法使いは赤毛の男を塔に招いた。
…だけど姫が他の男と触れ合うのが許せなくて、自分で招いた人達なのに殺してしまう」

「何それ。バカみたい」

「…そう言うな」

「そりゃーあたしも勇気うんぬんはわかんなくもないけどさ、人生もっと大事にしなくちゃダメでしょ。
自分のも他人のも」
窓から見下ろせば地上のチューリップ畑は、一面茶色く枯れている。

ロゼルが持つチューリップは、その形のまま、銀に似た魔法金属に変化していた。

それは闇の魔法使いの力の媒体。

これこそが闇の魔法使いが残したお宝。

「わお、きれい!
高く売れそうね!」

「…売るなよ」

ロゼルはそれをスリサズにポンと投げて渡した。

「えっ? ちょっ!」

「…振ってみろ」

「魔法の杖としてってこと? どれどれ」

それはスリサズの小さな手にも良く馴染み、光の当たる角度によって、白、黄、赤と色を変えた。

「うん! すっごくいい感じ!」

スリサズはふわふわと魔力の雪を撒き散らしながらクルクル踊った。

窓から差し込む光が雪をきらめかせ、スリサズの瞳もキラキラと輝く。

「…まだらのチューリップ。
…良く似合う」

ロゼルがしみじみとつぶやく。

「それって花言葉でいうと、叶うあてのない告白をして失恋しろってこと?」

「…自分で調べろ」

そしてロゼルは腰を上げると、何故か不機嫌そうにスタスタと塔の階段を下り出した。

「あー! 待ってよロゼルー!」

スリサズが、杖をふりふり、パタパタと追いかける。

二人の足音が、塔を吹き抜ける風の音にとけていく。

まだらのチューリップの花言葉は…






“美しい瞳”

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