伝わらない、伝えられない



それでこいつ等もちとせとお近づきになりたいって訳だ。


だけど気持ちを汲み取ってやる気もねぇし、協力してやろうとも思わないが。



「飯行きましょうよ~。何なら先輩のお友達も一緒に…っっ!」



喋り続ける後輩に対して一睨みする。


それが効いたのか、それ以上は縮こまって口に出さなかった。



「じゃあこいつ送っていくわ」



有無を言わさない笑みを浮かべて告げると、ちとせの手を取る。



「あ、あたしなら大丈夫だからご飯食べに行っても…」


「行くぞ」



喋る暇を与えることなくちとせを引っ張っていく。


未だ不満そうな表情をしている三人とすれ違いざまに顔を合わせると、足早に通りすぎた。


いつの間にか無意識に口角が上がっていることに気付く。


羨望のまなざしを受けて、少し優越感を感じているのかもしれない。



「ねぇ、ホントに良いの?あの人達、まだ悠斗と居たかったんじゃない?」



ちとせは眉を下げ、後ろにまだ見える後輩達を気にかける。



「良いんだよ」



どうせ居たいのは俺じゃなくてちとせの方なんだし。


しばらく無言のまま歩いていく。


そして角を曲がって後輩が見えなくなると、俺はちとせから手を離した。




「さて、これは……どういう事なのかな?」


「な、何の話をしているのでしょう?」



今にも逃げ出しそうなちとせを後ろの壁へと追いつめる。


全くこいつは、危機感がなさすぎて嫌になる。


こんな状態じゃいつ変な虫が付いたとしてもおかしくない。


いや、今まで被害に遇わなかったのが奇跡みたいなもんだ。



「お前さ…もうちょっと自分のこと、分かった方がいいぞ?」


「自分の…こと?」



さっぱり分からないと言っているかのようにちとせは首をひねる。



「たくさんの野郎から好意を持たれてる自覚とか」


「そ、そんな、好意なんて…」


「自分が女でひ弱だって事とか…」



俺の話に対し、困ったように眉が下がった。


言葉じゃ理解してくんないか。


俺は一つため息をつくと行動に移す。


素早くちとせに近付くと、こいつの両手首を自分の片手で掴んだ。



「ゆ、うと…?」


「振りほどいてみろよ」



少しだけ掴んでいる手に力を加える。



「なんでそんな事を…」


「いいから。やってみて?」



戸惑いながらも、ちとせは抜け出そうと手を動かし出した。


しかし俺の手が退けられる様子はなく…



「少しは分かった?男に押さえつけられたらどうなるか」


「うっ…はい。ちょっと気を抜いていました」




少し沈み気味に話すちとせ。


これは思いの外堪えたみたいだな。


そう思い、ちとせの家に向かって歩きはじめた時。



「なんか悠斗ってさぁ…」


「ん?」


「お父さんみたいだよね?」


「…はぁ!?」



ちとせから発せられた言葉に思わず叫んだ。



「うん。心配症の父親って感じがする」



自分一人で納得がいったようにウンウンと頷いているが、俺はちっとも納得がいかない。



「あっ、もちろん葵の前ではそうは見えないよ? あたしの前でだけ、たまにね」


「お前の前で親父っぽくなるのがすでに問題だわ!」



こいつはフォローしているつもりなのだろうか?


いや、全くそうは感じられない。



「え、あっ、もしかして傷付いた? ただの冗談だから!ね?ゴメンってば!」


「別に…」



予想以上にちとせに『父親みたい』と言われてショックを受けた。


そう思われたくないって感じた…真剣に。


冗談なのはちゃんと理解している。


なら何故こんなにも拒絶しているのか、それが謎で仕方がない。


俺自身の気持ちに疑問を抱く。


でもどんなに考えても答えが出ずに、疑問はどんどん膨らんでいくばかりだった。




「さて、これは…どういう事なのかな?」


「な、何の話をしているのでしょう?」



曲がり角を曲がった途端にじりじりと悠斗が迫ってくる。


その目から感じる威圧感…


こ、これは…完全に怒ってらっしゃる!?



「お前さ…もうちょっと自分のこと、分かった方がいいぞ?」


「自分の…こと?」



どういう意味なのか。一応分かってるつもりなんだけど。



「たくさんの野郎から好意を持たれてる自覚とか」


「そ、そんな、好意なんて…」


「自分が女でひ弱だって事とか…」



確かに男よりは力がないとは思う。


でもそれが何だと言うんだろう?


悠斗はさらに距離を縮めてくるとあたしの手をいきなり掴んだ。



「ゆ、うと…?」


「振りほどいてみろよ」



戸惑いながら悠斗の名を呼ぶと、そう告げられた。


握られた手からは力が込められて少し痛みを感じる。



「なんでそんな事を…」


「いいから。やってみて?」



やらなきゃ離してくれなさそう…


あたしはとにかく言われた通りに、悠斗の手から逃れようと動かす。


でも全然微動だにしない。


なんで、男の力ってこんなに強かったの?


そう思うとあたしの中で、少しの恐怖心が芽生える……




「少しは分かった? 男に押さえつけられたらどうなるか」


「うっ…はい。ちょっと気を抜いていました」



安易に考えすぎてたのかもしれない。


この生活に慣れてきて夜道とか、一人とか…気にしてなかったし。


正直悠斗に手を掴まれるまで、そんなの忘れてたかも。



「なんか悠斗ってさぁ…」


「ん?」


「お父さんみたいだよね?」


「…はぁ!?」



怖い思いをさせられた事へのちょっとした仕返しのつもりだった。


思ったよりも反応が大きい。


でも…自分の言葉があまりにも的を得ていて、辛くなる。


文字通りの自爆だ。


ふと悠斗を見ると、あからさまに落ち込んでいるのが分かる。



「え、あっ、もしかして傷付いた? ただの冗談だから!ね?ゴメンってば!」


「別に…」



ちゃんと『葵に対しては違う』ってフォローを入れたはずなのに、悠斗のテンションは低いままで…


少しからかい過ぎちゃったかな?


何も言わずに肩を並べて歩く。


長年一緒にいるからか、真に受けたんじゃないっていうのは分かってた。


だけど悠斗は何でか神妙な面持ちで…


不思議に思いながらも、あたしはその横顔をただ見ているしかなかった。




悠斗と一緒に帰ったあの日から数日経ち…


学校は春休みに入った。


新しい学年に上がるこの期間は、課題もなく絶好の稼ぎ時!


だから、あたしは結構なペースでバイトに入っていた。


あたしが働かせてもらっているのは、駅から5分ほど歩いた所にあるケーキ屋さん。


販売の方を手伝っているんだけど、そのお店の制服が物凄く可愛い。


もうそれはあたしなんかが着たらもったいない位で…


三人が働いている時に何度か来たことがあったけど…


初めて来店した時なんか、似合ってないからか絶句してた位だし。



「お疲れ様です」



交代で入った人へ挨拶をして裏口から出る。


今日は朝からのシフトだったからまだ時間が早い。


それでもまだ季節的に日が暮れるのが早く、空は紫がかっていた…


もう食材も少なくなってきたし、買い物して帰るか。


いつもは行かない駅前のスーパーへと足を向ける。


今日は確か魚の安売りをしてたから…メインは魚かな?


そんな考えを巡らせていると、見知った後ろ姿が目に飛び込んできた。


悠斗…と、葵…


二人は後ろにいるあたしに気付くはずもなく歩いていく。


その見た目はどう見ても恋人のそれで…




楽しそうに会話をする二人。


だいぶ距離のある所にいるあたしには、その話は聞こえてこない。


だけど後ろからでも感じられる、悠斗の愛しそうな表情。


あたしには向けられる事のない、表情…


それはこれから先、あたしがいくら求めたって手が届くことはない。


…あー、もうやめた!いい加減諦めてしまおう…


拭い去るんだ。


想いが長くなっていく程に自分が傷付くのは明らかじゃんか。


悠斗は葵に夢中なんだから…


あたしだって…辛いのは嫌、なんだよ。


忘れてしまえば楽になるのかな?


ううん、そうじゃなくても忘れるんだ。



「サヨナラ…」



もう見えなくなった悠斗にそう告げる。


知らぬ間に流れた一筋の涙。


この涙とともにあたしの気持ちも流れてしまえばいい。


わざと気分を変えるように両手を上げてぐっと背を伸ばす。


ふと見上げた夜空に大きな満月が出ていた。


その光が暖かくあたしを包み込む。


それはまるで、頑張れと言ってくれている気がして…



「よし。まずは買い物だ!」



自分に気合いを入れると、あたしも前へと一歩踏み出した。




春休みに入ったけれど、結局部活で学校には来なきゃいけない。


今日は練習相手をさせられてずっと出っぱなしだったから疲れた…



「「あっ」」


「悠斗も今帰り?」


「おぅ、まぁな」



終わって校門を出ようとした時、葵と出会した。


そのまま二人で喋りながら通学路を歩いていく。



「なんか小腹が空いちゃった!甘いものでも食べに行かない?」


「お前…毎朝おやつ食べてるくせに」



あぁ、葵といると気兼ねしなくて良いから楽だ。


こういう穏やかな時間が特に気に入っている。


焦ったり感情的にならずに済むから…


俺がそうなってしまう人物。それはたった一人しか居ないが、


俺の頭にちとせがちらつく。


良い意味でも悪い意味でも、あいつは存在がでかいからな。



「それでさ、その時のちとせの話が面白くて…」



葵と二人の時は大半がちとせの話をしている。


基本一方的に葵が喋ることが多いんだけど…



「葵はちとせが好きすぎるだろ」



学校から駅前までずっとちとせの話題ばっかりだった。


それでも一回聞いた話が全く出ないのはスゴい。




「好きだよ!悠斗もちとせのこと好きでしょ?」



さも当然、というように断言する葵。


しかも逆に聞き返してくるとは…


思ってもみなかった俺は一瞬驚く。


でも聞かれた事でその意味が分かり、つい可笑しくなった。


決まってるんだよ、そんな事…



「あぁ、好きだよ」



葵も同じ気持ちだったんだろう。


当たり前のことを聞くなって。


同時に二人して笑いあった。


俺達の大切な友達だ。好きじゃない訳がない。



「私ね。ちとせには幸せになって欲しいの…
だからあの子を傷付ける人がいたら、許さない」


「葵…?」



いつになく真剣な葵の表情。


怖いくらいに気持ちがひしひしと伝わってくる。



「あっ、あそこ新しく出来たドーナツ屋だよ。君に決めたー!」


「え、おい。ちょっと待てって!」



さっきのシリアスな雰囲気はどこへやら。


お目当ての店を見つけると、目を輝かせながら一目散に駆けていった。急いでその後を追う。


その時の俺はまだ知らない。


葵の言葉が、誰に向けられて言った物なのかを…