ある時のセブンはひょんな事から不思議な体験に巻き込まれる。
それは雨上がりの昼休み、昼食を済ませて寮生五人で受ける魔法教養クラスに移動する時だった。
多くの生徒は校舎の中を移動しているが、
セブンは雨上がりの庭が好きだったので遠回りして教室に向かおうとした。
無知なる者の止まり木は広く、至る所に芝生が生えた庭や、
大きな木が生えた休息所が儲けられている。
滴を乗せた緑達はキラキラと輝き、
雨の上がりの土の匂いがセブンに故郷を思い出させた。
その学園の中庭には薔薇に囲まれた噴水があった。
そこには一度も行った事が無いセブンは水の音を聞きつけ薔薇の門を潜ってみる。
噴水はそこから湧き出る水を留める役目である淵から溢れだし、辺りのタイルを濡らしていた。
(故障かな?)と思ったが、そうでもないらしい。
噴水の吹き出し口には「溢れ続ける水精の井戸」と書かれ、
タイルの端四方には排水口が儲けられている。
(なんだ元々こういうデザインだったのか)と靴が濡れるのを避けて、
引き換えそうとした時井戸から一輪の花が流れてきた。
それは噴水から溢れる水に乗り、タイルを滑りセブンの足に当たった。
「コツンッ」という音に植物で無いことに気づいたセブンが拾い上げると、
噴水の方から「チャップン」と水の跳ねる音が聞こえのだ。
視線を戻したセブンが手に持っていたのは花の形をした金属製のブローチで、
後ろを見ると安全ピンの部分が壊れていた。
自然とセブンは噴水に向かって話しかけていた。
「分かった。直してまた持ってくるよ」
噴水は何も答えなかったが、セブンは気にせず授業へと向かった。
授業開始前にクロネにそれを見せると彼女顔が少し赤くなっていた。
クロネ
「わあっ綺麗なブローチね、私に?」
セブン
「違うよ、直して欲しくって、出来る?」
クロネ
「あっそう」
急に興味が無くなったのは明らかだった。
セブン
「溢れる噴水で拾ったんだけど」
セコンド
「それ、水のクラスと精霊クラスで噂になってるぞ。
その噴水には水の精が住んでるって」
クロネ
「それ!人間と恋に落ちた精霊の話しでしょ?
聞いた事ある!」
またクロネの興味が出てきたようだ。
いつも縫い物をしてくれているクロネにも流石に金属製のブローチの修理は出来ず、
授業が終わってから二人で貴金属店に向かった。
クロネ
「ロマンチックだと思わない?
これきっと男の人が美しい水の精に贈った物よ。
人間の男の寿命が尽きた後でもきっと大切に持っているのよ」
セブン
「クロネそういうの好きだよね」
クロネ
「分からないの?
種族を越えた愛よ?
愛なのよ?」
死霊使いが言う台詞とは思えないと言おうとしたが、
賢くなっていたセブンは黙った。
クロネ
「一途な水の精の御姉様にお会い出来るかしら」
セブン「会えたら良いね」
二人は豚の真珠という宝石店に入ると店主はかなりの年代物だからと修理にかなりの金額を要求した。
セブンは代わりに龍の尾から奪ったウロコを出すと店主は気を良くしてすぐに直すと張り切った。
セブンとクロネは店内を見て回り、
まだ時間が掛かりそうなので喫茶店に入った。
そこでもクロネは人間と水の精の禁断の恋を語り、
日が暮れそうな頃になって豚の真珠店に戻った。
綺麗に直されたブローチを手に二人は走って「溢れ続ける水精の井戸」へ向かう。
クロネ
「きっとこの薔薇の壁も愛する水精への贈り物なんだわ」
クロネの声に反応したのか噴水の水面が盛り上がった。
クロネの興奮は最高潮に盛り上がっていた。
水の精
「いやー姿を見せなかったら、スケベな男子が直してくれると思ってたけど。
こんな綺麗な女の子も連れて来てくれるなんてなー」
噴水から出てきたのは気味の悪い男のような半魚人だった。
クロネは口を開けて状況を確認しようと必死だった。
水の精
「そのブローチ僕の愛の証として受け取ってくれます?
お嬢さん?
いや、マイハニー?」
クロネは無言でブローチのピンを手で引きちぎり魚人に投げつけて帰った。
水の精
「いやー参ったなーこれで30連敗だ。
本当は色男なんだけどなーこれ呪いでね?」
セブン「嘘でしょ?」
水の精
「あっバレた?チュッ、お礼ね」
セブン「汚な!」
水の精「またブローチ…」
セブン「断る!」
薔薇は女性を引き付ける罠であり、
壁は姿をギリギリまで姿を隠す為の物であると真相を知っていたセコンドから教えられた。
しかし、泥の妖精に続き水の精のキスによって恩恵を受けたセブンは、
苦手であった水魔法が使いやすくはなっていた。
どんどん成長していくセブンは休日にひび割れランプ通りへ向かっていた。
魔法使い達の通うこの通りで一番古く、一番小さな名前の変わる店の扉を開いた。
セブンが入って行くのを見て他の魔法使いがドアノブを捻るがびくともしない。
セブンは骨董品で埋め尽くされた壁で出来た通路を下に向かって下りていく。
また何かを書いているドラゴニュートのケイロンがセブンを見た。
ケイロン
「見ない間に随分大きくなったな、
折れる事を知らない剣で何か手に入れたかな?」
セブンは袋を机の上に置いた。
ケイロンが袋の口の紐をほどき中の物を取り出すとドラゴンの鱗が入っていた。
ケイロン
「ドラゴニュートである私に同胞の鱗を出すとはな?」
セブン
「ちゃんと同意の上で与えられた物です。
詳しくは話せませんが、友からの贈り物なんです」
ケイロン
「ふむ、では私がこれを利子として取る事はできんな。
それにワシは既に持っておるしの」
セブンは剣を机に立て掛けた。
セブン
「名残惜しいですけど、この剣はお返しします。
切れ味は普通ですけど、刃こぼれ一つしてません。
凄い剣ですね」
ケイロン
「特殊な鉱石に秘密の配合。
ドラゴニュートの頑固物が叩き続けて鍛えたからの、
作った奴の性格が良く出とるわ」
セブン
「そうだったんですか、調べたんですが本にも乗ってなくて、
ではまた何か助けて欲しい事が出来たら来ます。
ケイロン様、お元気で」
ケイロン
「礼儀も身に付けたか、人の成長は早いの」
セブンは頭を下げ出口に向かおうとした時、
立て掛けていた剣が重力に逆らって反対方向に倒れた。
セブンが振り向くとケイロンがニヤリと笑った。
ケイロン
「お前が操ったようには見えんかった。
こんな事もあるもんだ。
全く頑固者の剣だよ。
連れていってやれ、お前にやろう」
礼を言い、颯爽と去っていくセブンをケイロンは見ていた。
初めて見た頃より背中は大きく見える。
ケイロン
「少年から青年へとなったか?
だがまだ若い。
若いのは悪くはないが、良くも無い。
しかし惹き付けられる程の青さがある」
ケイロンは何やら考えながら自慢のパイプに火を着けまたペンを執るのであった。
「無知なる者の止まり木は所詮一時羽を休めるだけの仮巣に過ぎない。
幼く、正しい力の有り様を知らなかった少年も、
いつかは飛ぶ事を覚え去ってゆく。
私はそれを見守り、より高く、より遠くへ飛ぶ方法を教えているだけなのだろう。
どこへ向かうかは本人達が決める事である。
私は子供達に期日の最後まで教えられなかったのは残念だ。
私も、もう少し時代の流れを読めたらよかったのにと今でも後悔する。
今までに無い黄金期の子らが現れたのは、時代のうねりを我々が乗り切る為のきっかけだったのだろう。
良い事があれば悪い事も起きる。
そんな単純な事さえ目の前の星の眩しさで見えていなかったのだ。
校長は知っていたのであろうか…
聞くことはもう出来はしないが」
【華國史】第参巻
~星の魔法使い~
無知なる者の止まり木
副校長
クラッシュの証言より
華國が史上初の大打撃を受けた話がある。
多くの男の子達はその目を輝かせて話に聞き入る。
多くの老人は戦争の悲惨さを語り。
多くの考古学者は失われた多くの物を思い悔しさのあまり涙を飲んだ。
幼かった魔法使いが歴史の表舞台に上がる話がある。
多くの親は寝る前の子供にその話を聞かせたがらず。
話を聞いた多くの子らは興奮のあまり眠らない。
【華國史】第参巻
~第参南北大戦の章~
華國南部二大陸ヲ割ル大山脈有。
ソノ南部ノ大国
「煌皇國(コウコウコク)」有。
両国、山脈ヨリ
南北ヲ分ケ大陸ヲ統治ス。
南国軍、華國北部ヨリ現ル。
一同驚愕シ、狼狽ス。
眠龍城襲撃後、第参南北大戦発ス。
【華國史】第参巻
~星の魔法使いの章~
青年期
南の大国の最高権力、煌皇軍皇帝は北進の大号令を発した。
それに踏みきったのは軍備の充実であり、
その年以前が豊作続きであり兵糧が整った事もある。
しかし最大の起因は魔人種と人間を交配し誕生させた新しい種族で編成される部隊増強が大きかった。
大昔、華國以下の南部勢力を滅ぼした魔人種は、
恵まれた体格と魔力を持っている者が多かった。
しかし繁殖能力の低さ故に長年の抵抗虚しく敗北を期し、
数名が連合軍に降伏する事になる。
魔人のそれを克服する為に人間との交配実験が秘密裏で行われ成功に至った。
力は魔人にやや劣るが繁殖能力は人と同じになり、
その数はこの時三百を越えている。
彼等の容姿は灰色の肌、髪と目は黒く、鋭く固そうな爪は白い。
純血を好む魔人からは嫌われ、人とも見なされない彼等は摂理に逆行する者として扱われる事になる。
それ故ハーフは「逆人(さかびと)」と呼ばれ、
生まれながらに奴隷となり戦う事を強いられた。
反逆心の高い彼等を服従させる為に煌皇は刺青を幼い頃に彼等に彫り込む。
呪いの刺青は屈強な彼等を簡単に死へと追いやった。
能力が高い彼等は高いプライドを持っているので死は恐れない。
仲間を盾に取ったのだ。
通常の兵士と魔法使いに加え、
新しく手に入れた悲しい種族を持って華國より優勢と計った煌皇軍は皇帝に侵略作戦を進言、
それを許可されるに至ったのである。
そして、煌皇軍の将軍の一人が第一陣を担う事となる。
煌皇国史に名高く、華國史に悪名高き
奮起の名将
「ボーワイルド将軍」の登場である。
煌皇国の定例軍事討論会では、若い将校達が如何にして侵略戦線を展開するかを論じていた。
この討論会は若い将校達の新しい意見を作戦に取り入れる為に開かれる物であった。
この大々的な侵攻の指揮を取りたい若者達は熱弁を奮い名誉を賜ろうと必死になっている。
しかし既出の凡庸な物ばかりであり、
ただの戦力差頼みによる出たとこ勝負の作戦ばかりであった。
最後まで黙っていた老将ボーワイルドは見抜いていた。
自信家で詭弁家の彼等は本当の戦争を知らない。
名家生まれの彼等は名誉を求めるが、自分の死を受け入れる覚悟が無いという事も。
老将で知識人であるボーワイルドが一向に口を開く気配が無いので、
若き将校達は自分達の話を真剣に聞いているのだと勘違いをおこしていた。
若き将校
「ボーワイルド将軍、
第二南北戦争を戦い抜いた民間出身である貴方の意見を聞かせて頂きたい」
他の将軍達はボーワイルドに民間出身と言い、
意見を聞いた生意気な若き将校を睨んだ。
他の将軍達もまた知っていたのである。
彼等は役に立たないと。
一人の鼻が潰れ、髭を蓄えたスキンヘッドの将軍が唾を吐き罵った。
鼻の潰れた将軍
「貴様ごときがボーワイルド殿に意見を聞くとはどういう了見だ!
口を慎め青二才の小僧めが!
叩き殺すぞっ!
お前等の作戦が駄作ばかりで口を出す気にもならんだけだ!」
猛将と呼ばれるキュバイン将軍のあまりの迫力に若き将校の顔はひきつっていた。
それをボーワイルドが片手で制止し一言だけ口にして席を立った。
ボーワイルド
「私なら勝てる」
静まりかえる討論会を出たボーワイルドをキュバイン将軍が追った。
キュバイン
「ボーワイルド殿。
私を使って下さい」
ボーワイルド
「勿論そのつもりだ。
頼むぞキュバイン」
キュバイン
「お任せを」
キュバインはボーワイルドに敬礼を行うと、
武人らしく歴史に残るであろう大戦に心踊らせていた。
それより数ヶ月後。
これより先、長く続く戦いの火蓋が必然的に落とされた。
華國北東部魔法都市、眠りドラゴン城に急報が届く。
「北海より煌皇軍の大艦隊出現。
煌皇軍、
停戦条約を一方的に破棄。
宣戦を布告」
この報告は魔法都市を震撼させた。
大陸中央山脈での小競り合いが日に日に激化し、
緊張状態であった為、華國軍は敵勢力の警戒はしていた。
煌皇軍が軍艦のみならず民間船をも南部に集めているとの情報を掴んでいた華國軍はこれに抵抗する為、
大陸東側に艦隊を集結させる。
東側には島国が2つ有り、
煌皇軍が海上から侵略をするには通常このルートしか考えられなかったからであった。
その理由として西方の海岸には要塞が多く建ち、
切り立った崖も多く、中央の王都までの間にも多くの防衛拠点があったからだ。
さらに煌皇国南部の海と華國北部の海は極寒の海域であり、
漂流者が時折流れ着く事はあるが、それは凍りついてという話である。
しかもこの艦隊が現れたのは寒さが厳しい「凍る魚の月」であった。
ボーワイルドは賭けに出た、と周りの人間は考えたであろう。
しかし確固たる信念があった彼には海峡越えが可能であると信じて疑わなかった。
補給もできず、生物の生存を許さぬ極寒。
海には氷が張り、氷山が付き出した海を渡るとは誰もが予想しなかったのである。
待ちぼうけを食らった華國艦隊に緊急連絡船が報告を告げる。
「中央山脈東側関所に煌皇軍集結中」
大艦隊は軍を海におびきだす罠と考えた華國艦隊は急ぎ陸地に矛先を返した。
しかし、それも罠であった事を彼等は後で知る事になる。
多くの旗を立て、空の野営テントを無数に建てた煌皇国将軍キュバインは、
国境に慌てて集結する華國軍を見てしてやったりと笑った。
打ち付ける海水の水が氷り、白く化粧をした煌皇軍艦隊が華國北部の海岸に到着した頃には、
艦隊の五分の一破棄失われていた。
しかし大した防衛施設の無い北方海岸にさえ入れば、
その被害は他の二方向を攻めるよりも軽い物であるだろう。
ボーワイルドは勝利を確信していた。
華國の主力は大陸南東に集中し、北部をがら空きにする事が出来たからだ。
ボーワイルド
「我等は偉業を成し遂げた!
いざ世紀の奇襲を敢行せん!」
ボーワイルドの狙いは眠りドラゴン城であった。
元より華國の魔法使いより煌皇軍の魔法使いは魔力、技術で劣っている。
長い目で見ると魔法使いの力の差は、
ここを叩く事で逆転出来ると考えたのだ。
いくら魔法都市といえど、
主戦力になる戦闘に特化した魔法使いは殆ど前線に出払っていることを彼は知っていた。
街を破壊し、候補生を殺し、教師を殺し、知識を奪うべく、
ボーワイルド率いる煌皇軍は進撃を開始する。
進撃の足を阻む物は何もなく、魔法都市に考える隙間も与えず、
凄まじい速度で煌皇軍は眠りドラゴン城の包囲を完了した。
魔法都市は門を固く閉ざし、城壁の上では魔法訓練生達が通う無知なる者の止まり木の副校長であるクラッシュが大軍を見下ろしていた。
その横では単眼鏡を持った兵士がある物を探していた。
守備兵
「旗、確認出来ました!
鼻先に角を生やした獣
煌皇軍ボーワイルドです!」
クラッシュ
「奮起の名将か、奴なら南から北へ来るのも頷ける。
敵ながら見事としか言えんな、南に救援は?」
守備兵
「早馬を出しました!」
クラッシュ
「城壁は強いが相手が相手だ。
持ちこたえる事は難しいか…」
守備兵
「敵、そのまま前進してきます!」
クラッシュ
「口上の使者も出さんか、皆殺しにするつもりだな?
魔法都市の力を見せてやる!
全魔法使い及び候補生に通達せよ!
防衛設備の使用を許可する。
準備、急げ!」
多くの魔法使い達が城壁の上から振られる旗を合図に城壁内部に入っていった。
守備兵
「城壁魔方陣起動開始しました!」
クラッシュ
「後悔しろ!南の侵略者め」
魔法都市を囲む背の高い城壁に刻み込まれた魔方陣、
それを内部にいる魔法使いによって起動させられた。
都市を囲む八面の外壁全てに浮き出た光の魔方陣から光弾が無数に発射され煌皇軍を襲った。
しかし敵の魔方使いによる様々な魔方障壁がそれを防いだ為、
目立った被害は出せないでいた。
クラッシュ
「魔法使い?
精鋭をこちらに回しているのいか?
では山脈はどうなっているんだ!
くそっ!ゴーレムを出せ!」
魔法都市の城壁と城壁を繋ぐ筒状の監視塔外壁には、
腕を組みこけむした巨大な像があった。
城壁の中の魔法使い達の魔力が注がれたゴーレムに仮の命が宿る。
それらが一斉に動きだし城壁近くにいた煌皇軍を重く固い石の拳で叩き、蹴散らした。
激しい攻防を冷静に眺めるのはボーワイルドであった。
ボーワイルド
「逆人を使って黙らせろ」
ここに初めて逆人が戦史に登場するのであった。