トリートが戦力拡大に奔走し、1ヶ月とちょっと過ぎた頃、
田舎の小さな村で少し変わった話しを耳にした。
その村から南に傷を癒すのに適した湯が沸いている街があった。
その方角が夜になると凄まじく明るく光るのだという。
傷だらけのトリートは治療とその謎を解明する為にその街を目指した。
目指す途中、確かに街の方角から光が夜空へと舞った。
無数の光は天を駆け、そのまま星になっていく様に思えた。
これ程の光はおおよそ人が作り出せる物では無いだろうと皆は思った。
しかし、トリートは確信する。
あそこには彼がいると。
王が認めた自分と同じ立場にいる者が。
そう思うとトリートはいてもたってもいられなくなった。
あの光が自分を導いている気がしてしょうがなかった。
胸は苦しくなり、汗が出る。
しかし傷の痛みは和らいでいた。
不思議な光にトリートは何故か心踊っていた。
街に着くと直ぐに光の正体が想像していた人物で正解だと分かった。
街の人の話しによると彼等は、ボロボロの状態で街にやって来たという。
それまでに相当な訓練をしたのだろう。
彼等は街にやって来てからも修行を続けた。
朝から剣を振り回し、常人では考えられない動きをするという。
1人の男が無数のナイフを飛ばし、もう1人の男を襲う。
それを男は両手でやっと程度の木の剣を両手に持ち打ち落とす。
さらにはわざわざ切れ味の悪い斧で大木を切り続け、
今では街の周囲に木が無くなった程であった等、
異常なまでに過酷な訓練を続けているそうだ。
そして夜になると倒れるまで無数の魔法の矢を手に向かい打ち出し、
足を引きずって湯で体を癒すのだそうだ。
今は川の近くいるとの事を聞き、トリートは急ぎ向かった。
川に近づくにつれ水の音に混じり、激しい金属音がする。
音の方向へ向かうとそこに男がいた。
一心不乱に巨大であっただろう岩を剣で削っている。
その辺りは削られた岩が小石となり散乱し、
その小石の数を見れば彼がどれ強い男か分かった。
その汗が流れる傷だらけ上半身を見れば彼がどれだけの苦痛を味わって来たのかが分かる。
歯を食いしばり、手から血を流すのも気にせず、
自分自身を削っているかの様な姿にトリートは涙を流した。
すると背後から不意に声をかけられた。
全く気配がしなかったのでトリート達は咄嗟に構えた。
そこには道化が一人お辞儀をして立っていた。
さっと構える近衛兵をトリートはいさめると共にセブンの元へと向かった。
息をあらげたその屈強な戦士をトリートは王族特有の「人を見る眼」で見つめる。
またセブンもこの王子を見た。
片目は包帯で覆われ、髪はボサボサで顔は荒れていた。
馬を引いている手綱にも豆が破れたのであろうか血が滴っている。
銀色の毛皮は薄汚れ、髭は伸び放題であった。
トリート
「お互い酷い格好だな」
セブン
「リンス王子?」
ピエロ
「こりゃ凄い、セブンにはこの汚い人が誰だか分かったみたいだ」
近衛兵
「貴様!」
トリート
「はっは、いいんだ。
俺はある一族からしつこい髭というあだ名を付けられた位だからな。
セブン。いやセブン卿。
初にお目にかかる。
私は煌皇国と戦わなければならぬ者だ。
一目救国の勇士を見ておきたかったのだ」
ピエロ
「この人はリンス王子の弟だよ」
セブン
「道理で雰囲気が似てたわけですね」
そういうとセブンは膝をつき、頭を下げた。
トリート
「私は兄も国も民も救えなかった。
今までは、これからは違う。
君もそうなんだろう?」
セブン
「これからは…そうですね!
もうこれ以上は、必ず!」
トリート
「兄は君の事も話していたよ。私と気が合うだろうってね。
お互い自信が無い者同士だとも言っていたな。
だからどうだろうお互いに助け合うというのは?」
セブン
「必ずお助けします!騎士の誇りに掛けて!」
トリート
「ならば私は王子としての威厳に掛けよう」
これを読む後世の者は信じられぬであろう。
大陸が南北に別れ蓄えた全てを吐き出し死力を尽くして覇を争ったこの戦いを。
全てが史上初の戦いであった。
死者も、被害も、そして流されたあの多くの血は見た者にしか思い起こす事は出来ない。
それまでの関所等の戦いでは無く、大軍と大軍が荒野を掛けて激突する様は大地に眠る者をも呼び覚ます、
正に大戦であった。
天も地もこの戦いの行く末を見ていたであろう。
語られぬ話も多くあった。
語る話が多すぎたからだ。
だが私は知っている。
全滅した勇敢な戦士団を。
墓も持たず朽ちていく勇者を。
彼等は皆、戦いの行方を信じていた。
その顔に恨めしさは無く、戦場では考えられぬ清々しい顔であった事を私は覚えている。
煌皇国将軍
ボーワイルドの証言より
西の関所は連日大騒ぎだった。
トリートが駆け回り集った志願兵が日を追うごとに増えていったからである。
中には盗賊も、今までは戦列に加わる事の無かった亜人、
精霊もがトリートの元へとやって来る。
カトリはそれぞれの要望、食料の配給等で大忙しであった。
クロネ(華龍王虎隊)
「ねえカトリ、喋る馬が槍を付けて欲しいだって。
人は乗せたくないんっだって」
カトリ(華龍王虎隊)
「武器作るの得意だろ。
頼むよクロネコ」
ミニッツ(華龍王虎隊)
「何回も契約に行ったのに断られた赤沼の大蛇まで来たぞ!」
セコン(華龍王虎隊)
「いきなり騎士団の馬をくっちまった」
カトリ
「羊にしてくれって頼んでよ。
セブンのおやっさんがいっぱい連れて来てくれ奴」
エイブルス(華護義勇軍)
「おい、あの猫どもが俺のコボルトと小競り合いしてるんだが仲裁してくれ」
カトリ
「ケットシー族でしょ?じゃあコボルトは一旦あの優しい巨人族の所へ」
ジェノス(鉄鎖傭兵団)
「セブンの兄貴どもが部隊を連れて斥候にでちまった。
どうせ戦ってるだろうからまた救援部隊を組織しなきゃやべーんじゃねーか」
カトリ
「またか!何度言えばわかるんだ!
血の気が多すぎるぞ!」
サジ(フィナレ教会騎士団)
「おお、カトリどの、この機会に布教を広げたいのだが」
カトリ
「今はそれどころじゃない!
またセブンの兄弟が敵を挑発しに行ったんだ。
防衛の準備を…」
スピア(ボルト亡命軍)
「カトリさん!」
カトリ
「もう…駄目だ」
スピア
「援軍です!トリート王子が!
それにセブンも!」
カトリ
「たっ助かった?」
リンスから受け取った血に汚れた国の旗は大勢の間を颯爽と通り抜けた。
誰もが等しくその種族なりの敬意を示し、
王子とそれに従う若き騎士を見た。
皆は王子との再開を喜び、セブンを噂した。
本営となっている西の関所の頂上からトリートはその軍を見下ろす。
セブン
「まるで昔話に出てくるような光景ですね」
トリート
「ああ、だが昔話にはさせないさ。
必ず歴史書に刻み込む」
その時、軍の幹部が二人を出迎えた。
カトリ
「全く、やっと借りていた物を返せるよ」
カトリは塗り直した兜と鎧をトリートに、二振りの研がれた剣を新しい鞘と共にセブンに渡した。
トリート
「まだ来ていない者達もいるようだ」
ミニッツ
「まだ来るのか?」
セコンド
「俺達は前回少数だったからこれで普通なのかな?」
クロネ
「セブン、…ウルブスは?
それにピエロがいないみたい」
セブン
「ウルブスは土魔法で奥さんのお墓と一緒にカピパラ寮に移したよ。
あの銅像も一緒に。
それに大好きだった花も植えてきた。
ピエロはやりたい事があるって途中で別れたんだ 」
クロネ
「そう、必ずまた皆で」
エイブルス
「よおセブン!また強くなったんじゃねーか?
オーラで分かる!」
ジェノス
「おい!邪魔してやんなよ。
たくこれだから大男はなー」
サジ
「ふむ、スピアどの?」
スピア
「なっなんですか」
トリート
「モテるなセブン」
セブン
「確かに賑やかですね」
カトリ
「そういう意味じゃ、まあいいか!
仕事だぞセブン」
セブン
「よし!」
トリートが兜を被り、セブンが剣を抜くと大軍はそれに答え歓声を上げた。
セブン
「ところで兄さん達は?」
既に集まった軍に更なる大軍が援軍として駆けつけた。
先頭を行くにはトリートの命を受けていたクラッシュと賢者ケイロン、
そして水晶山の大魔女であった。
各領主も自ら出向き、名のある私兵団を率いた。
多くの民兵と各拠点の防衛兵もが三人に続いた。
今では華國三賢と呼ばれるこの三人も皆との再開を喜び、
トリートはクラッシュの功績を労った。
だが、まだこれでは終わらなかった。
トリートが盟約を結んだ海賊カッツは隣国、浮雲島等から兵を募り見事艦隊を作り上げ、
王子の前に膝をついた。
華國正規軍の騎士団、防衛兵。
各領主の私兵、あらゆる一族の戦士。
民兵、海賊、盗賊。
名を馳せた英雄が一同に介した。
防衛には一切余力を割かなかったこの大軍勢は、
兵力均衡、経済、食料環境等、国が倒れる程の規模であった。
しかし、商人、農民等、戦闘に参加出来ぬ者達のあらゆる支援がそれらを上回る。
自主的な国民一体の軍は史上最も巨大であり、強力なものであった。
これにより前代未聞の国倒しの大軍は成った。
彼等を集められたのは、戦死を遂げたリンス、ウルブスの魂の叫び。
王都を守れなかった者達の償い。
先の戦いで兵力を上回ったという結論からの打算。
若き英雄への憧れ、そして狼の執念であった。
ピエロは大戦以前セブンと魔法都市から西の関所へと向かっていた。
「鍛えて欲しい」
だが、その時セブンはもう既に自分よりも力があったのは明白であった。
それでも懇願する初めての心からの友に応えるべく彼は心を鬼にしてセブンを鍛え上げていた。
トリートと出会ったピエロの心中は穏やかなものだった。
ウルブス亡き今、彼にならセブンを任せる事が出来る。
そしてピエロは以前から考えていた行動を起こす時だと考えた。
それは華國王の思惑も、トリートの想像も、セブンの期待をも越える為の試練であった。
この時、ピエロはセブンに暫しの別れを告げた。
その反応は意外なものだった。
何時ものように寂しそうに、そして反対したセブンはしっかりとピエロの目を見つめ、
しかし、力強く同意したのだ。
「ふーん、止めないのかい?」
「いつも止めてたけど、絶対帰って来たから。
それに約束したろ?友達は助け合うって」
「なんだ。寂しくはないのかい?」
「そりゃ一緒にいて欲しいよ。
家族意外で一番古い付き合いじゃないか」
そういうと前までは泣き虫だった少年は懐から小さい木製のネズミを取り出した。
色褪せてはいるが道化のように塗られている。
「ねえ、ピエロン覚えてる?
何時も一緒だったんだ」
「トリート、彼を頼む。頼んだぞ」
ピエロはその時初めて成人になってから人前で涙を流した。
そして彼は目を細め、南を目指す。
「ピエロ!死なないで!」
「死なないよ、道化はただ踊るだけさ」
今まで、ピエロが自分を連れず仕事に向かう度にセブンはその台詞を言っていた。
いつもは「さあ、どうかな」だったのに。
セブンは木のネズミを握りしめ、
ピエロは鞄を担いでその場を陽気に去って行った。
煌皇国皇帝ブレイランドの玉座の前に道化は紐で巻かれ、
ひざまづかされていた。
ブレイランドは面倒臭そうにピエロを問いただした。
「それで、道化、堂々とした裏切りか?」
「いえ、今は激動の乱世、より高く売れる方にいくのが真の知恵者という者でしょう?」
「で、どういった事で私を笑わせる?」
「知っての通り私は内部調査員。
私の情報は空中ブランコより面白いはず」
「綱渡りが得意と見える。どう信用すればよいか?」
「華國の第二王子、まあ今では唯一の王の子ですが、
最近王族の目を開眼したようです」
「だから?」
ブレイランドはそれがどうしたとばかりにピエロを追い詰めた。
「ふむ、煌皇国皇帝は頭が良いと聞いていたが、
私が道化だと思い皆が嘘を教えたようだ。
私に非がある。首を落とされよ」
ブレイランドはピエロが頭の回る者だとこの時判断し態度を改めた。
「落とされる前に楽しませろ」
「ではまず、トリートが人を見る眼を持ったという事は、
煌皇の密偵が危ういという事。
むざむざ無駄死にさせる事が無くなったという点。
更に、我々だけが知っている、いやそちらも掴んでいるかも知れないが、
血族に能力を持つ者が出た時点で世代が交代するという事。
つまり、リンスが覚醒した時点で現王のブレイブリーの先は短かったという事、つまり」
「トリートさえ葬れば王族の血は途絶えるとでも?」
「いやいや、大国をまとめられるだけのよりしろが無くなるという事です。
しかもトリートは復讐に燃え、無謀にも前線に立つ」
「亡き者にしてしまえば」
ボーワイルド
「国は割れる。そんな事は百も承知。
しかし、この時期に目が開くとはな。
道化、何が望みだ?」
ブレイランド
「控えよボーワイルド」
ボーワイルド
「信用できませんなこの男。
戦場では命を掛けて戦っていた奴ですぞ?」
「控えよと言ったのだ」
ボーワイルド
「…仰せのままに」
ピエロ
「ここも戦場だ。命をかけている」
ブレイランド
「見返りは?」
ピエロ
「内部調査員だと申しあげたでしょう?
指定する地域の所領を」
ブレイランド
「何か旨味がある土地、察するに金鉱か?」
ピエロ
「やはり噂通り頭が良いようですな」
ボーワイルド
「なりません!」
ブレイランド
「三度目だボーワイルド!直ぐに前線に向かえ!
人の欲の強さを知らぬ潔癖な軍人めが!
そもそも貴様が不甲斐ないせいで!」
ボーワイルドは初めて見せる怒りに満ちた気迫にブレイランドも口ごもった。
「もう、よい、行け」