水晶山まで軍を進めたボーワイルドはこの戦いを諦めそうになっていた。
将軍フェネックを失い、軍を削られたのにも関わらずその報告は「全滅出来ず」と「援軍と合流される」であったからだ。
更にいうと東の戦況が芳しくなく、フェネックと同様レイナス戦死の報を受けていた。
これにより一刻も早く華國王都を目指し陥落させねばこの侵攻作戦は大敗を喫するであろうと考えていた為でもあった。
しかし、どうもこの山に籠っている少数の部隊が気に食わない。
開きすぎた兵力差にも関わらず、善戦し続け、今も尚厄介な戦力を取り込み続けている。
王都に攻めるにせよ背後を突かれるか、補給線を絶たれる可能性が大きいからである。
ここまでやられるとボーワイルドは認めるしか無かった。
彼らの異常なまでの強さと、神に寵愛を受けているかの様に危機を脱する運を。
眼前に広がる心奪われそうな山も危険な匂いしかしてこなかった。
ここでこれ以上兵力を削がれればどちらにせよ王都は落ちない。
そこでボーワイルドは様子を見る為に捕らえた自軍の脱走兵を、
まるで実験ネズミの様に山へと進ませたのだった。
普段であればこんな非情な手段は使わない男であったが、
国の命運が掛かっている今では仕方がなかった。
ボーワイルドは合理的であれば非人道的と非難されてもやむ無しと考え初めていたのだった。
追い込んでいるはずが、どんどん追い込まれている。
そんな状況にボーワイルドは疲れを感じていた。
水晶山の主キルキスは水晶の望遠鏡の前で手を擦りながら笑っている。
キルキス
「ああ、これでちょっとは復讐出来る」
セブン
「討って出るんですか?」
キルキス
「老人には老人の戦い方があるのさ、
この装置はね、遠くを見れる。
つまり、そこと直接では無いにしろ繋がっているのさ、間接的にね。
まあみてな、いたぶって恐怖させる。
この山の恐ろしさに気づいた頃には、
我が一族の歓迎をあの世で受けているのさ」
キルキスは呪文の詠唱に入る。
それは聞いた事も無い言葉だった。
するとキルキスの胸の前に広げられていた両手から、
光の球が浮いて出た。
まるで青白い月のそれであった。
キルキスは狙いを定め、それを水晶球へと打ち込んだ。
その時、ボーワイルドは水晶山の頂上にある一際巨大な水晶の柱から光の筋が走るのを見た。
その光は凄まじい速度で山の中腹に向かい飛んでいく。
水晶の壁に挟まれた山道を進む煌皇軍の偵察隊もその光に気がついた。
気がついた頃にはもう既に先頭を歩く男の腹には穴が空いている。
それがその光のせいだと分かった頃には二人目の顔が半分なくなっていた。
光は水晶を通り抜け、反射し、無差別に偵察隊を襲う。
偵察隊は全員武器を盾も捨て、来た道を走り、引き換えす。
しかし、水晶の迷宮はそれを許さなかった。
帰り道がわからない。
男達は悲鳴を上げ、助けを求め逃げ惑う。
その断末魔に、麓にいる煌皇軍に恐怖が走る。
これでは士気が下がると考えていたボーワイルドは無事逃げ出して来た男を発見した。
泣きながら入り口にたどり着いた男を背後から無情な月の光が襲う。
崩れ落ちる男。
光は土に当たると地面を削り消えていった。
続いて放たれた光はボーワイルドを狙い放たれるが、
側の見当違いの兵士が悲鳴を上げた。
キルキス
「惜しい!歴史を変え損なった。
遠いと狙いがずれるね」
ボーワイルド率いる煌皇軍は即時撤退。
しかしこの水晶山の付近に復讐心を焚き付けた元フェネック配下二千を残す。
決死の覚悟で敵を通さぬ事を誓った騎馬軍を残し、
セブン達を諦めたボーワイルドは華國王都を目指す。
先に進ませていた攻城兵器の部隊に合流する。
更には召還していた本国に待機させている予備軍を吸収。
中央関所の守備兵を密かに西の関所から合流地点に向かわせていた。
それに呼応し本国からも援軍を送られる。
だが、山脈西側からの山脈勢力の襲撃を受け、
西渓谷の防衛強化に回した為に思った以上の数は集まらなかった。
それでもその数一万七千。
この時の迫るボーワイルドを察知した華國は各地から至急王都の防衛に援軍を要請する。
華王は逃げず王都で迎え撃つ覚悟であった。
しかし、その数五千。
東に戦力を割いた直後でのボーワイルドの出現であった。
それも煌皇軍の策略の一つである。
損害を恐れず攻める東側の煌皇軍に警戒した上での事であった。
王都がいかに大きな壁を持っていたにしろ戦力差は大きい。
ボーワイルドは初めて華國王都領内へと、それを滅ぼす為にその足を踏み入れるのであった。
華國の王都は混乱を極めていた。
慌ただしく走るのは滅ぼされた魔法都市の生き残りクラッシュであった。
西の関所に大軍が現れたと聞くやいなや、
南側の要塞に兵を出し、民に各々隠れる様に促した。
ボーワイルドの目的は王都であった為に民と領地への被害はなかったのが、
クラッシュの唯一の心の救いであった。
しかし、西側の軍は?
セブン達はどうなった?
クラッシュはやり場の無い思いであった。
とにかく今は迫り来る敵から王だけでも守らなくてはという思いが彼の足を早める。
謁見の間には多くの人で溢れかえっている。
誰もが城の防衛策を王に話し、王は真剣な顔で決定を下し続けていた。
クラッシュは人を押し退け、華國の王ブレイブリーの前に立った。
クラッシュ
「王よ、お逃げ下さい。
今ならまだ間に合います」
ブレイブリー
「その心は嬉しく思う、が民を置いては行けん」
クラッシュ
「民もそう望んでいるでしょう。
今はとにかく北へ!
民は後からついて来ます!」
ブレイブリー
「私は一代で王になった訳ではないのだクラッシュ。
血筋というだけで民衆の王となった。
私が民衆についていっているのだ。
民は何を望む?
平和を愛する王か?
血を喜ぶ王か?
どちらも違う。
ここぞという時にこの首一つで民の命を救うかも知れないこの、首だけの王が必要なのだ」
クラッシュ
「そんな事は誰も考えていません!
皆、あなたを愛している。
あなたの様な善王を失う訳にはいかないのです!」
ブレイブリー
「そうだ。
私は常に民衆の求める善き王を勤めて来たつもりだ。
クラッシュよ、お前に問う。
良き王は逃げるだろうか?
ここに残るのは王家に生まれ、民に育まれてきた事への責務と恩返しなのだ。
それは誇りでもある。
誇りを無くした王は、もはや王では無い。
誇りを失った男のまま死ぬ事は私には出来ない。
それに私には信用している息子がいる。
ここで私が逃げれば息子に顔向けが出来ぬからな。
父であり、王として私はここで戦う。
死がその扉を叩くまで」
この話しはそこにいた者達から城下町へと流れ、
話しを聞いた民衆の心は、言葉に出来ぬ叫びとなって街を駆け抜けた。
徹底抗戦の四文字が華の街を染める。
螺旋の坂道には幾つものバリケードが自主的に作られ、
中心にある王城に続く階段は壊された。
多くの弓と矢が急遽作られ、街中の油が城壁に集められた。
投げつける為のレンガの倉庫は次々に崩され上階へと運ばれて行く。
防火対策に等間隔で水が入ったバケツが並べられ、
きれいな布やシーツも包帯にされていく。
正門には大きな家に使われていた丸太が並べられ、
家の扉は矢を防ぐ盾となった。
場外には削られ尖らせた木の柵が並び、鍛冶屋では昼夜を問わず音が鳴り響いていた。
王城の武器庫は解放され、錆びた武器ですら持ち出された。
噂を聞きつけ続々と集まる様々な義勇兵を都の人間は盛大に歓迎した。
「偉大なる王は我々を見捨てず首を差し出すという。
それなら、我々は家の全てを差し出そう。
王は我々の為に命を投げる。
では我々は敵に石を投げてやろう。
王は逃げず、最後まで戦うという。
我々を見捨てはしなかった。
ならば、我々はどうするべきか。
従順な我らは王を見捨てない!
王の為に、國の為に。
全てを。
華は決して散る事は無い。
王が誇りを見せたのならば、
我々は意地を見せつけよう」
吟遊詩人の歌に歌われる程の街の変わり様であった。
華やかな都は一変して闘志むき出しの要塞へと変わっていったのだ。
王都防衛戦 1日目
ボーワイルドは王華の指輪と呼ばれる林を抜け、
王都正面に全軍を配置した。
攻城兵器の準備を済ませ、配列を整えると使者を送りだす。
煌皇軍使者
「我らは栄光の煌皇国軍である。
偉大なる皇帝閣下からの言葉を申し伝える!
大陸は統一により真の平和と安らぎを得る。
その為にもこの地を、我ら煌皇国の指揮下へと置き、
更なる人の発展と恒久の和合を求めんとするものである!
その為には犠牲もいとわないものである。
しかしここにおわす慈悲ある煌皇五大将軍ボーワイルド様は。
今すぐ開城し、王を差し出すのならば。
王族は幽閉し、民の命と自由を保証し、兵士に置いても命は保証すると仰せである。
この大きな慈しみの提案を受け入れない愚かな王以下は。
崩れ行く赤に燃える都を見るであろう!」
これを聞いた華國の城壁にいる民衆の男達は皆唾を吐き、
武器で威嚇を行っていた。
使者それでも様子を伺っていた。
「しばし待たれよ!」
全ての者が城壁へと登る一人の男をみて黙った。
ブレイブリーである。
「助かった。
もとより私の望んでいる提案を出してくれるとは」
ブレイブリーの右手には大きな白い旗が携えられていた。
「皆、今は我慢の時ぞ。
もしも圧政に強いたげられた時は、我が息子を頼れ。
必ずや反旗を翻すであろう。
誠、良い國であった。
真に、良い民ばかりであった。
私は誇り高く死ぬ事が出来る。
意義のある死だ。
しばしの別れである。
さらば我が最愛の民よ。
皆に育まれたこの命、
今この時にそなた達に返そう」
ブレイブリーは城壁正面に堂々と立ち、白旗を掲げた。
皆はその姿を何度も見ていた。
華國がまだ小さく最も戦が多かった古い時代。
その時代に書かれた英雄王の絵画のそれにそっくりであった。
ここに敗者の姿はなく、あたかも軍の最前列に立ち悠々と敵を見る英雄王の姿その物であった。
ボーワイルドはその旗を見て初めて笑顔を見せた。
「勝った。
予想外の事で足をとられたが、
最後だけは、あっけなかったな?
いや、これが通常なのか。
東の敵を殲滅する事に集中しなくては。
開城と同時に兵を捉えよ。
場外に連れだし皆殺しだ。
王族も全員だ。
女も子供も必ず捕まえろ。
城を包囲し誰も逃がすな。
金品の略奪だけは許さん。食料だけだ、時間がないからな」
勝ちを確信したボーワイルドは次々に指示を出していた。
もう次の行動へと気持ちが切り替わっていたのだ。
しかし、城壁の上から白旗が落ちる。
すると一斉に華國の象徴である赤い旗が振られ、声が上がった。
「何が起きた!
抗戦するつもりか?
全員死ぬぞ?
どいつもっこいつも!」
ボーワイルドが出した使者に向けられ矢が放たれた。
慌てて引き返す使者は大笑いを背に受けていた。
ボーワイルドは怒り、右手を天に伸ばし降り下げた。
「もはや、皆殺しだ。
略奪も許可する。
奪ったものは好きにしろ!
好きなだけ奪い、殺せ。
華は全て燃やせ!
歴史書も全て灰にしろ、奴らの痕跡を大陸から一掃してしまえ!
全軍、全速前進!」
ボーワイルドの怒りは自身でさえ押さえられようも無くなっていた。
凱旋から後、読みを上回る事態が相次いで起こっていることに耐え難くなっていたのだ。
時代が華國の滅亡を望んでおらず、
自分が無力で、敗者であるような、
それが必然的に決まっているのではないかという感覚に襲われていたからであった。
戦闘前に華國王都の城壁では、この先の運命を変えた出来事が起こっていた。
その主人公は王であるブレイブリーと、一人の庭職人であった。
ブレイブリーは白旗を掲げ、最後の別れを惜しむように民と都を見ていた。
そこへ、一人の庭職人が枝を切る鎌を持ちおぼつかない足で王の前に立った。
制止させようとする近衛兵を王は手で止めた。
庭職人は真っ直ぐな目で王を見つめ、また王も見つめ返していた。
駆け寄る一人の街娘
「父は口が聞けないんです。
庭を手入れしている時に落ちてしまって、
それで…」
ブレイブリー
「覚えているとも、
良い仕事をしてくれた。
私の心を豊かにしてくれた。
ブルー…だったな?」
男は泣きながら王へと歩み寄った。
それは一介の庭職人の名を覚えていたからという理由では無かった。
男は鎌を振り上げる。
剣を抜く兵と駆け寄る民をブレイブリーは大声で止めた。
ブレイブリー
「それでいいブルーよ。
どうせ首を落とされるのなら、知った者の方が良い」
ブルーは震える手で鎌を降り下ろし白旗の柄を切った。
それを掴むと全力で城壁下へと投げ落としたのだ。
庭師は華國の旗の柄も切り、懸命に皆に向かって降り始める。
痛めた足でよろめきながら彼は必死になって声にならぬ思いを吐き出していた。
ブルーは泣いていた。
今までの楽しい思い出を胸に、ここまで民を思う王に感動していたのだ。
彼は処罰を受けるかもしれない、戦闘を反対する者に殺されるかもしれない、
しかし、彼は動き出した心を隠し通すことは出来なかった。
良い人生だったと、胸を張って死ねるとそう思わせてくれたのもこの街のおかげであった。
直ぐに近くの者が彼に駆け寄った。
ブルーは覚悟し目を瞑ったが、感じ取ったのは持っていた旗が軽くなった感触。
更に激しく動かされる躍動。
次々に聞こえる旗が風にたなびく音であった。
皆はそれらに呼応し、兵士ですら旗を持ち始めた。
「そうだ戦おう!」
「ブルー!万歳!
王よ戦いましょう!」
「俺達が戦いたいんだ!」
「お願いします王よ!」
「あいつらに華は勿体ない!」
「守ろう!華國を、命をかけて!」
この勇気ある庭師の行動で華國は天を突く程に沸き上がったのだ。
先程まで威厳のあった王の顔は、しわくちゃになり、
涙が頬を伝っていた。
王の剣を握る力は増し、皆は剣に合わせ声を上げた。
華國の民は文字通り死にもの狂いで戦った。
士気はどんなに訓練を積んだ戦士よりも高く、
その忠誠心はあらゆる騎士をも唸らせる程に。
迫り来る投石器に怯まず、ずんずん進む梯子車には火傷を気にせず油瓶を投げつけた。
矢を受けようが、構わず石を落とし、女ですらスカートを捲り戦った。
老人は若者を庇う様に死に兵となって立ちはだかり。
若者達は老人を救うべく奮戦して見せた。
普通の国では形式ばかりの宮廷騎士達はこの時こそが生まれた意義であるかの様に戦った。
多くの血が流れた分、その分華國の民衆は気を掻き立てる。
その思わぬ反撃はボーワイルドの巧みな攻城戦法をも上回った。
投石器は全て正面門に向けて放たれたが、
丸太で固められた扉はびくともしなかった。
逃げ場を捨てた民に寄って門という門の前に障害物が組まれた為である。
壁は削り落ちるが、王城の逞しい城壁は一向にその内側を覗かせる気配は無かった。
薄くなった壁には崩された家が積まれ、補強されていった。
地上から放たれる矢の威力は奮わず、逆には力の無い、
意志のこもった矢と火で煌皇軍の被害は拡大するばかりであった。
王都防衛戦 二日目
同じく城壁周辺には火の油が注がれた。
煌皇軍の必死の攻めも華國の物量に弾き返される。
弓が尽きた変わりに、あらゆる物が壁下の煌皇軍を襲った。
レンガ、石、鍋。
王都西側、一番薄い城壁に集中してボーワイルドは投石器を集中させる。
そして東側に被害を免れた梯子車を移動させた。
これによって華國の兵力を二極化し、連携を奪おうとした。
しかし、その策に立ちはだかる男がいた。
偉大な魔法使いを幾人も育て上げた占星術士。
軍事顧問にして副校長。
セブンの師、
クラッシュその人であった。