トールの騎馬部隊は防衛に回されたフェネックの隊を軽く突破する。
次いで煌皇軍背後を襲った。
その速度は衰える事無く一直線に突き進んだ。
マッチョ率いる傭兵団はトールの突破した防衛線から侵入し手当たり次第に暴れまわった。
下馬していたフェネック騎馬隊はこの白兵戦慣れした巨人部隊に蹴散らされる。
フェネックは瞬時にこれ等の部隊が実力に裏打ちされた、
ただの無謀な突撃でなかったと悟る。
フェネックは直ぐに騎馬に乗り込むが、すぐ後方にはトール率いる菫騎士団が迫っていた。
トール
「菫騎士団!トール騎兵隊!
隊長のトール様だ!
烈風の名は俺が貰う。フェネック勝負!」
口上を叫びつつトールはフェネック目掛け独特の剣を構えた。
長い柄には渾身の力が入る。
フェネック
「速い!」
フェネックは自慢の速度が生かせぬままトールと切り結んだ。
そのままトールは振り向きもせず亡骸の防壁前の敵を切り伏せ、
部隊を防衛に回らせた。
トール
「烈風の首、
このトールが貰った!」
まさかと煌皇軍が振り替えると、フェネックは首を押さえながら馬上から崩れ落ちた。
その目に生気は無い。
フェネックを失った騎馬隊全員に恐怖が襲った。
それだけ騎馬隊はフェネックの作戦指示に頼りきっていたからであった。
更に言えば副官をも先のノームの魔法で失っていたのだ。
この時、戦力でいえばまだまだ煌皇軍の方が優勢であった。
しかし、三日月城塞に続き、この騎馬隊に有利な平原での戦いまでも苦戦した相手に対し、
多くの者は戦意を失っていた。
このまま消耗戦を行えば煌皇帝軍は勝っていたであろう。
しかし、さらに戦いの渦に向けマッチョ率いる巨体の男達が、
力にものを言わせて混乱している煌皇軍を叩き潰して来た。
これまでと諦めたフェネックの軍は空いている馬に乗り込み、
我先にと逃げ出して行ったのだ。
三日月城塞守備兵は疲れも痛みも忘れ、平原いっぱい轟くような勝ちどきを上げた。
そんな中、セブンは一目散に窮地を救った兄二人と再開を果たしたのである。
トールは祖父の推薦もあり、菫騎士団へと入隊する。
その実力と意思の強さは誰にも負けなかった。
特に行動力には誰もが彼に目を見張っている。
菫騎士団には似つかわしく無い性格であったが、
彼は皆を率いるカリスマがあった。
それを見抜いた騎士団長はトールを行動力に優れた騎馬隊の隊長に任命したのだった。
大戦直後、東の関所が任地であったが、
セブンが西にいると聞いてじっとしていられるはずが無かった。
彼は騎士団長に移動を願い出たが却下され、
リンス王子に直談判しに行ったのである。
通常ならば追い返される所であるが、
セブンの兄であるという事で謁見を許可される。
リンスがトールを見た時、彼の意見は通ったも同然となる。
それだけ強い覚悟をリンスは見てとったからである。
これよりトールは自分の部隊を率いて西を目指す。
そしてカルパトス平原の戦いに何とか間に合ったのである。
マッチョはというと、故郷の村を飛び出して直ぐにある傭兵団を探した。
停戦条約可決後、彼等は農地開墾に精を出していた。
傭兵団ではあったが準正規軍とされていた彼等は
戦いが終わった後も、己を鍛え、開墾した土地を国に売って生計を立てていた。
朝から晩まで木を倒し、木を担ぎ、石を割り、石を運ぶ。
元々でかい彼等の筋肉は更に隆起し、引き締まっていった。
この傭兵団の入団条件はでかい事。
そして力が強い事の二つを満たす事。
マッチョはここで己を鍛え上げた。
兄と弟と再会するその日まで。
五年もすればマッチョに敵う剛力の者はいなくなった。
更にマッチョは見た目によらず頭が良かった。
兄と弟に挟まれた為であろうか、要領が良かったのだ。
魔法都市壊滅を聞き、直ぐ様華國王都に移動したが未開地にいた為に開戦には間に合わなかった。
セブンの無事を知り、参戦を決意。
西の関所が襲われたと聞き即座に西へ向かったのである。
そこでフェネックを発見し、襲撃の機会を伺っていたのであった。
そして、兄二人は弟を救い、再開を果たす。
セブンは泣いて感謝した。
トールはマッチョを見て、マッチョもトールを見る。
お互いに連絡をとってもいなかった二人は同時に弟を救いに来る事が出来た奇跡を思った。
二人の間に言葉は無かったが、思うことは同じであると感じていた。
兄二人はボロボロのセブンを見て、からかい、二人で肩を支えてやった。
成長した三人は、まるで成長していないか様に、あの日のままで笑った。
それは小さい頃の喧嘩の帰り道とよく似た光景であった。
セブン達連合隊は悲惨なまでの被害を受けていた。
当初、千までいた兵士はもう今ではもう百五十足らず。
サジ率いる教会騎士団の祈りもあったが、それでも自力で動ける者は百もいなかった。
ボルト軍団長のスピアも傷を受け動いていた為に怪我が悪化し今では意識を失っている。
トールの部隊は五十名、マッチョの部隊は四十名が生き残った。
この数で王都に向かえば、途中で襲われる事を危惧した一軍は、当初の予定通りに水晶山へと向かった。
王都より離れるがそこには頼れそうな人物がいた。
まだそこにいてくれればの話であるが。
何より彼女には謎が多かった。
素性もしれず、魔法都市からも独立していた。
長年彼女を見た者は少ない。
近くの村人の証言と、華王の遣わした使者の証言が彼女の存在の証明である。
彼女の力を感じた、または見た者は口を揃えて言う。
現存する大魔法使いであると。
セブン等一行が目的地に近づくにつれ、
道脇に水晶が突起し出していた。
ここまで来れば彼女が大魔法使いである事が誰にでも解った。
眼前の山一面に大小様々な水晶が山肌が見えぬ程に突出しているのだ。
これは全て彼女が作り出した物であると伝えられている。
初めて見る者はその姿に驚きを隠せないでいる。
この中には何かある、とそう考えるのが普通であろう。
多くの者がこの山に入って行くが、知らずに多くの者は外へと出ているのだ。
ある盗賊団は食料を運びこむ近くの村人に地図を書かせたが、
それでも辿り着く事が出来なかった。
腹いせに水晶を持って帰ろうとした盗賊団をその後見た者はいないそうである。
中に入ればその理由が分かる。
通路の様な山道に入れば磨かれた水晶が鏡の様に乱立し、方向感覚をうばう。
かといえば曇り一点も無い水晶が見えない壁として立ち塞がり皆は、痛めた鼻を擦るのだ。
水晶の迷宮はその山の主の断りが無いと決して攻略する事は出来ない。
実際に大魔女の隠れ家は今も見つかる事無く、
只の噂では無いかと言われている程であった。
それらは全くの真実であるとセブン達は思った。
セブン達が水晶山の迷宮入り口に差し掛かると奇妙な物が待ち構えていた。
それは蝋燭を尾で掴んでいる蜥蜴であった。
その蜥蜴は舌をチロチロ動かし迷宮へとセブン達を導き出した。
初めは警戒していたセブン達であったが、次第に彼は我々の道案内をしていると分かる。
そこに水晶の壁があると思える場所をそのまま通過した。
光の具合でそこに壁がある様に見えていたのだ。
更に深い裂け目にしかみえない谷を透明な水晶の橋が架かっている事を教えてくれた。
下り坂を上り、見えない梯子が着いた壁を登った。
虚実入り乱れるこの山の案内人はやがて山の中心であり頂上へとセブンを誘った。
巨大な一本の水晶が地面と垂直に延びている。
八面体の巨大な水晶柱の一面に秘密の入り口があり、そこに入った瞬間内側が見て取れた。
外側からは気づかぬ様に作られた魔女の隠れ家がそこにあった。
ずっと鉱石ばかり見てきた者の目を奪うかの様な光景が広がっている。
ゆたかそうな土、蒸せかえる草、古い井戸、レンガ造りの家、実のなった木。
そこに来た者が子供の頃に想像した幸せそうな生活がそこにあった。
一人の老婆が家の外にある椅子で揺らされている。
目を細めこちらを伺っていた。
セブンはこの風景に心奪われながらも礼儀正しく挨拶をした。
老婆は椅子の側に立て掛けてある杖に体重を預け、セブンに近づいて来た。
通常なら周りの者が止めに入るのだが、
この老婆には一切敵意が無い事が感じ取れた。
老婆
「ようこそ星の王子とその仲間達よ」
セブン
「あなたは水晶山を統べる大魔女様ですね?」
老婆
「統べる?大魔女?
ハーハッハッハッハッハ!
やはり何も知らぬと見える。
それも仕方ない事だ。
私は只の復習者!
歓迎しましょう貴女方を!
やっと煌皇に一矢報いる時が来た!
時が来たのです。
水晶球の占いを信じて耐え忍んだ甲斐があった。
期待通りに力は貸しましょう。
ただし、私に利用されるというのならばの話だが?」
この穏やかな雰囲気に似つかわしく無いまくし立て方の魔女にセブンは驚いていた。
セブン
「利用ですか?」
老婆
「言い方が悪いか…まあ、気にせずとも良い。
一つ約束を守ってくれればそれで事は足りる。
今は力を貸そう。
それを見よ」
老婆が指す水晶の鏡には拡大された煌皇軍がいた。
老婆
「ここへ向かっておるぞ?ヒヒヒ。
あまり時間は無い!
レッツ迎撃!」
水晶の山の魔女の名はキルキスといった。
その齢103才。
「月の民」の生き残りだと言う。
教会騎士団長のサジは驚いて言葉を発した。
サジ
「月魔法使いの一族?とうに滅んだはずだ!」
それを聞いてセブン達は思い出した。
無知なる者の宿り木にある羅針盤。
それの三枚目の超特殊魔法特性の一つである月の魔法の事を。
キルキス
「正確には滅びかけている、が正しい。
ここにいた者は皆死んだ。
私が最後から二番目の純粋な月の民となる」
キルキスが言うにはこの水晶山は南の煌皇国から亡命してきた月の民が築いたのだという。
キルキス
「細かい事はどうでもよい。
今、そしてその先が大事なのじゃ。
私にも、そしてお前達にもな?」
それはセブンに向かって問いかけられた言葉であった。
セブン
「どうすれば?」
キルキス
「星の子よ、一つ約束して欲しい。
我らが故郷。
月の谷間の街をいつの日か訪れる事を。
それを守るならば、奴等の殺意と暴力をそなたらから一時反らしてみせよう」
セブン
「出来るのですか?」
キルキス
「まだ青い、出来なければ交渉の意味をなさんじゃろ?」
セブン
「私が裏切る可能性もあるのでは?」
キルキス
「まだまだ青い。
助けて貰っておいて、お前さんにそんな可能性があるとでも?」
一同
「無いな?」
セブン
「…まー生き残れれば」
キルキスはセブンの性格を全てを知っているかのような口振りであった。
三日月城塞守備隊と援軍の多くがこの水晶山で休息に入った。
キルキスはここで採れる良質な水晶を独占しており、
近隣の村と交易を行い食料は豊富にあった。
すぐ近くに煌皇五大将軍がいるのにも関わらず、
一同は安心して骨を休める事が出来た。
その理由はキルキスの隠れ家内にあった。
家の中へと招かれたセブンと代表者達はある一室に案内される。
そこにある大きな水晶球にはボーワイルドの姿がおぼろげに映し出されていた。
セブン
「ひび割れランプ通りでよく見る占い球ですか?」
キルキス
「あんなインチキなもんじゃないさ、これは魔法と科学の融合さね。
水晶レンズを幾重にも重ねて、組み合わせる事で遠くを見る事が出来る。
まあ巨大な水晶の望遠鏡といった所かね」
セブン
「じゃあこれは今の出来事なんですね?」
キルキス
「そうさ、どれちょっと詳しく見ようかね」
キルキスは魔法と共に水晶球前の小さな水晶の筒を、
これも水晶で出来た箱にはめたり、また差し込んだりした。
すると球に映し出された像がみるみる変わっていく。
キルキス
「来たね、偵察隊かね?」
球には怯えながら水晶山の入り口付近を進む煌皇の少数部隊が写った。
キルキス
「ようこそ大魔女の住む水晶山へ、ウヒヒヒ」
キルキスはこれをずっと待っていたかの様に嬉々として声高に笑った。
クロネはセブンにそっと耳打ちをする。
クロネ
「イメージと違う、もっとミステリアスで高貴で素敵な魔女だと思ってたのに。
がっかり」
セブン
「十分凄いと思うけどな?」
キルキスに会うまで興奮していたクロネは、幻想を砕かれて肩を落としていた。