クラッシュが三人に追い付いた時には煌皇兵達は引き上げを開始していた。
正門前まで来ていた三人は大きな音と共にくずれゆく東の城壁を見た。
巨大な城壁に何かがぶつかったようである。
セブン
「フォロフォロ様?
多分フォロフォロ様だ。
行こう!」
ミニッツ&セコンド
「もー魔力切れだ」
セブン
「先生、二人を頼みます」
クラッシュ
「ちょっと待て、状況をしっかり見ろ」
セブン
「敵は撤退を開始していますから大丈夫」
ミニッツ&セコンド
「先生宜しく」
クラッシュ
「待て、おいっセブン!」
セブンは焦りを感じていた。
何か底知れぬ者の気配を感じとっていたのだ。
燃え崩れていく街の中をセブンは1人走っていくと、
崩れた城壁には今にも息を引き取りそうなドラゴンの姿があった。
翼は無残にも引き裂かれ、瑠璃色の鱗からは黒い血が至るところから吹き出していた。
セブン
「フォロフォロ様!」
フォロフォロ「クルナ」
そう言う龍の上には見たことも無い黒い人影があった。
死神
「ほーう、この状況でたかだか人の子を気にするか?」
セブン
「貴様、貴様が。
よくも…」
フォロフォロ
「ヤメロ、セブン。
ニゲヨ」
セブンは怒りに自分の魔力が沸き上がるのを感じた。
死神
「ほぉ、なんという上質な魔力よ」
セブン
「我が手に集まり、敵を打て」
みるみるうちにセブンの右手に魔力が集束していく。
死神
「マジックアロー?
そんな初歩魔法で私を?」
セブン
「ハンドレッドアローズ!」
死神は油断していた。
彼の想像を軽々と越えていた。
セブンの右手からは凄まじい速さで連続して魔法の矢が無数に放たれ続ける。
通常のマジックアローよりも遥かに威力が高い魔力の矢が逃げる死神を猛烈に追って行く。
死神
「なんで!こんな小僧が!
しかし、これしき!」
死神は逃げるのを止め、両手で魔法の障壁を出しそれらを受け始めた。
凄まじい勢いで魔法障壁にぶつかる魔法の矢の中にセブンは数本爆発する矢も混ぜていた。
それは強い光を放ち死神の目を眩ませた。
更に数本の矢は大きく曲がり背後から迫った。
それを寸でで察知した死神は両手を広げ球状の障壁を張って絶え続けた。
死神
「ぐおおおー!」
死神は内心焦っていた。
長く生き、年齢の概念が欠如してはいたものの、分不相応な相手、魔法。
初めて見る強力で止むことのない変幻自在で罠も交えた攻撃。
しかも、それに加えてフォロフォロが口をこちらに向けていたのだ。
龍は最後の力を振り絞り巨大な火球を放つ。
それは死神に直撃し、後ろの建物が崩れる程の大爆発を起こした。
死神の障壁は衝撃に耐えきれず、崩れ去り、残りの矢が死神を襲った。
魔法の矢は音を立てて死の象徴を散々に地面に叩き落とし、打ちのめした。
地に落ちた死神は怒りと苦痛のあまり奇声を発し、
辺りを爪で滅茶苦茶に切り裂いた。
しかしその声は突然止む事になる。
積層の剣舞
ウルブスが得意とするその複合呪文をセブンはしっかりと受け継いでいた。
青年が広げた両手に煌めくのは
ドラゴニュートが鍛え上げた名剣
「折れる事を知らぬ頑固者」
そして
神話にまで登場する
正義の王が振るったとされる魔法剣
「希望の剣」
2つは同時に交差し死神の首を落としていた。
静かでいて美しくも見える決着。
その光景に思わず瀕死の龍が目を見開き賛辞を送った。
フォロフォロ
「…ミゴトナリ」
死期の近い龍に青年が駆け寄り片膝をついた。
セブン
「フォロフォロ様…」
最早助からぬであろうドラゴンにどう声を掛ければいいのか青年は分からなかったのだ。
フォロフォロ
「トモヨ、オボエテイルカ?」
ズルズルとドラゴンの尾が姿を表した。
先端の鱗は全て無くなっていて、変わりに鎖かたびらが着せられていた。
バルテスの訓練所で特訓していた龍の尾がそこにあった。
フォロフォロ
「フフフ、ナカナカ、
ユウシュウナ、セイトダ。
コウチョウデアル、ワタシモ、
ハナガタカイ」
セブンはうつむき涙を流していた。
小さい頃から見守られていたのだ。
この龍とは長く苦楽を共にしていたのだ。
さらに今度は命に変えて守ってもくれた。
そう思うと涙が止まらなくなってきた。
フォロフォロ
「ナミダヲ、ナガシテクレルノカ?
シュゾクノチガウ、オイタ、ワタシニ…
ナラバ、
ニクタイハホロブガ、ココロハ、
オマエトトモニ、アロウ。
サラバ、トモヨ。
シカシ、ナツカシイ」
フォロフォロから抜け出た暖かい光がセブンを包んだ。
耳元であの声が聞こえる。
「…トナエヨ、サスレバ
ワレハ、ヒヲ、フカン」
青年を包んでいた光は次第に離れ、赤く光る魔法都市の上空を旋回し始めた。
龍の魂は青年の声を待っている様だった。
セブンは渾身の魔力を注ぎ天に右手を付き出す。
そして彼は言われた通りに唱えた。
「我が友の息吹よ蘇れ!
灼熱の渦よ逆巻き唸れ!
…フレイム・カノン!」
雲を貫く炎の柱は、友であった龍への送り火であった。
それを見た全ての者は、偉大な巨龍の魂が聖地へ帰ったのだと感じた。
大きく昇る火の柱にクラッシュとミニッツそしてセコンドが何事かと走って来た。
ミニッツ&セコンド
「セブン!」
クラッシュ
「なんという事だ。
フォロフォロ様が往かれたのか?」
セブンは悲しそうに頷いた。
クラッシュはよろめき、片膝を抱えた。
ミニッツ&セコンド
「これは?まるで死神みたいだ」
セブン
「こいつが…」
クラッシュは気を取り直し、地面に倒れた黒いそれを見た。
みるみるうちにクラッシュは怒りの形相になり、
死体に近づき唾を四度吐いた。
この世界で死体に四度唾をかけるのは最大の侮辱行為である。
クラッシュ
「死神ではない!
忌々しいリッチだ。
自分の魂と引き換えに他人の魂を死神に差し出す魔法使いの最大の汚点だ」
ミニッツ&セコンド
「でも、この爪は使えそうだ。
セブン、切り落としてくれ」
クラッシュ
「爪?この爪!
それにこのマントは、間違いない
こいつはベルベットだ」
クラッシュはセブンが握る双剣を見た。
クラッシュ
「お前が…こいつの首を落としたのか?」
ミニッツ&セコンド
「有名?」
クラッシュ
「太古の大魔法使いだ。
そうでなければフォロフォロ様が敗れる訳が無い
魔力を使い切ったのか?
どちらにせよ、よく生き残れたもんだ」
セブン
「…行こう。ここも、もう崩れそうだ」
四人は燃える街に埋もれゆく龍を惜しみつつ、城壁の裂け目から外へと出た。
燃え続ける魔法都市を後に青年は今まで無い虚無感を感じていた。
それは魔力の使いすぎから来る疲労のせいではなかった。
今までの人生の中でも一番多くの時を過ごしてきたこの街。
多くの思い出が詰まった笑うカピパラ寮。
失った大切な友。
面倒を見ていた後輩達。
笑顔で話かけてくれた知人。
物が溢れていた商店街。
全てが灰に変わってゆく街を生き残った僅かな人々もまた、どうする事も出来ず見送っていた。
目を覚まし、疲弊しきったウルブスがセブンに近づく。
ウルブス
「何百年と掛けて大きくなった魔法都市が一瞬で死の街に。
セブン、これが戦争です。
もはや大戦は避けられぬでしょう。
バランスが大きく崩れました。
あなたはどうします?」
セブン
「次は、次こそは守ってみせる」
ウルブス
「守るだけでは多くは守れませんよ」
セブン
「…終わらせる。
人を殺すのは自分の心を切り裂いているみたいだけど…
誰かがやらなくてはいけないのなら。
僕がやらなくてはいけないんですよね?」
ウルブス
「決めるのは貴方だ。
ただ、貴方ならその可能性を持っているでしょう。
そして貴方は何よりも優しい、そんな貴方にこそ相応しいでしょう。
この悲惨な争いに終止符を打つべき者は…
しかし、苦しくなりますよ?
体も、心も。
今以上にね」
セブン
「とても…耐えられそうもない」
ウルブス
「そう1人では難しい。
私の剣と、老い先短い命を貴方に預けましょう」
セブン「ウルブス…」
ミニッツ&セコンド「当然俺達も」
始まりは四人、四人の深く傷ついた戦士達だった。
※以下本文と関係無し
「セブンに対する考察」
魔法都市で訓練を続ける者の中で、ずば抜けた才能を持った青年がいるという噂程度は既に華國全体にあった。
しかしこの時点では彼の真の実力はまだ世間にはよく知られてはいなかった。
しかし身近にいた者達からは一心に期待を集めていた。
彼らは魔法都市防衛戦より前に既に彼を認めている。
後に大戦の、いや、世界の渦の中心となるであろう事を感じていた。
いつもふざけている双子の魔法使いでさえ、その力を認め即座に共に道を歩むと決めた。
力だけではこうはいかなかったであろう。
彼には魅力があった。
感情が豊かであり、表裏が無い。
計算が出来ないという事でもないが、その計算よりも感情を優先させるのだ。
それはいつも心清い選択であり、思いやりが溢れていた。
誰もがそう思う。
私の妻の葬式では、彼は私と同じように泣いていた。
そして彼は妻の好きであった花の種を墓に撒いてくれた。
自分が死んだら彼は同じように心の底から悲しんでくれるであろうと…
そう思えば命など惜しくは無かった。
この若き友を、若き英雄を支えるのだと心に誓い、老いた体に楔を打ち付ける。
私の最初で最後の教え子。
星よ彼を守りたまえ。
【華國史】第参巻
~星の魔法使いの章~
元華龍隊隊長
俊撃の勇将
ウルブス・フォン・ドレイク
の証言より
魔法都市壊滅後、救援に駆けつけていた部隊の到着を待たず、
クラッシュの言う事にも耳を貸さずに四人は馬を借り走った。
四人は疲弊していたが、怒りと、
そして今から行う襲撃に興奮し目には既に闘志が宿っていた。
ウルブス
「大艦隊が船を着けたのであれば大陸最北の「白のみの浜」に違いありません」
セブン「距離は?」
ウルブス
「馬を飛ばして二日半。
奴等は真っ直ぐに向かうでしょうが、大軍の為足は重い。
恐らく四日以上はかかるはず」
ミニッツ
「で、どうするんだ?相手は大軍だぞ?」
セブン
「遠回りになるけど、見つからないように先回りしよう」
セコンド「それで?」
セブン「船を襲う」
ミニッツ「それで?」
セブン「逃げる」
ウルブス
「うむ、それならば勝算はありますね」
セブン
「今から1日走り続けて、少しだけ休もう。
その後また走って半日休む。
後は大軍が来るまで船を沈めまくってやる」
ウルブス
「上手く先回り出来れば我々ならば、
到着までに相当叩けるでしょうな」
セブン
「よしっ!」
ミニッツ「腹減ったな」
セコンド
「カピパラ飯が懐かしいよ」
ウルブス
「大丈夫。カピパラを泣かせておきましたから。
城の瓦礫に巻き込まれていなければ焼けずに残っているはず」
ミニッツ&セコンド
「よっしゃー!」
セブン
「みんな!無理はするなよ」
ミニッツ「こっちの台詞だ」
悲しみを振り切る様にその日はがむしゃらに走り続けた。
しかしどれだけ馬を飛ばしても、悲しみと怒りが後から後から追い付いて来る。
今、たった四人でのささやかな反撃が始まろうとしていた。
大陸北方の毛長馬は寒さに厳しい大地で育ち、
大柄で体力が非常にあった。
馬は白い湯気を出し魔法使い達をのせ、大軍を追い越し、白だけの浜にまでやって来くると自慢気に白い鼻息を吹いた。
青みがかった流氷が流れ着くこの広い砂浜には煌皇軍の戦艦がびっしりと並んでいる。
四人は浜から少し離れた砂丘に身を潜めていた。
ウルブス
「規律の取れた陣容だ。
守備兵自体はおよそ三百ってところですな。
少しなめすぎているようだ」
ミニッツ&セコンド
「でも多いな」
セブン
「大軍が戻ってくるまであと少し。
踊る炎なら50体は出せる」
ウルブス
「日頃の魔力送りが身になりましたね」
ミニッツ&セコンド
「俺達も魔力は回復してるぜ」
セブン
「じゃあまずは僕1人で魔力を使い守備兵を翻弄させます。
皆は援護を、そのあと手分けして船を使い物にならないようにしましょう」
ミニッツ&セコンド
「勿体ないな~」
ウルブス
「船を壊さねばまた奴等は海上から侵略してくるでしょう。
これは後々効いてくるはず。
時間が無いやりましょう!」
セブン「よしっ!行こう!」
彼等は魔法都市に襲い来る大軍を相手に戦った直後であったために、目の前の三百が少数に思えたのだった。
砂浜には煌皇軍兵士が寒さから身を守るよう火を焚き野営を行っていた。
1人の兵士が遠くにいるセブンを見つけて武器を手に立ち上がった。
煌皇兵
「おいっ止まれ!」
声に応じて止まった青年の回りに炎が生まれるのが見える。
それは次第に数を増やし続け、あっという間に50程の部隊となっていた。
白い砂浜を闊歩する炎の部隊は次第に炎の剣を自らの体から抜き走りだした。
悠長に構えていた煌皇兵はそれが敵意あるものだと気づき声を上げる。
煌皇兵
「敵襲ー!敵襲ー!」
少し後ろで見ていたウルブス達は驚いていた。
ウルブス
「凄まじいですな!しかし恐ろしい魔法だ」
セコンド
「反則だよな~」
ミニッツ
「敵が可哀想にも見えるぜ」
魔法の使えぬ者に対して無敵とも言える踊る炎の部隊はみるみる内に拠点を制圧した。
たった1人の魔法で守備兵100人近くは壊滅となり、
残る百はウルブスと双子に、残りはは逃げ去っていった。
セブン
「船の帆を燃やせ!」
セブンの号令で踊る炎達は一斉に岸に着岸していた船に走る。
大きい戦艦は沖の方に停泊しているようだ。
ミニッツ&セコンド
「遠くのは任せろ」
すでにセブンの後ろまで来ていた双子は海面に魔方陣を敷き精霊を呼び出した。
煌皇軍の船に侵入していたウルブスはその光景を遠巻きで見ていた。
ウルブス
「海の当たり屋か!」
ウルブスにそう言われた精霊は、角を生やした巨大な海蛇のような姿をしていた。
それは呼び出された瞬間から一心不乱に戦艦に突撃していき船底に穴を空けて回っているようだ。
ウルブス
「三人共に相当たくましく育ってくれたようだ」
ウルブスは嬉しそうに呟き、太いマストを一刀両断して回った。