眠り姫はひだまりで【番外編】



む、と唇を尖らせていると、「あとは?」と言われた。

「…あとは、なんかないの?してほしいこと」

…して欲しいことでは、ないけれど。

私はひとつだけ思い当たったことを、口にした。


「…もっと、純くんのこと、知りたい」


彼は一瞬目を見開いたあと、何故かにやっと笑った。

「…何?それって誘ってんの?」

「違うわ馬鹿ーー!!」

なんでそーなるー!?

純くんの「ハイハイわかってますよ」という言葉に本当かなあと思いつつ、私は「なんでもいいの」と言った。


「血液型とか、好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とか。なんでもいいの。知りたいの」


駄目?と言うと、純くんは穏やかに目を細めて、ううん、と言う。

「…いいよ。今日の帰り、いっぱい話そう」

「うん!」

そう返事をして、私はあることに気づいた。




純くんの上から飛び退いて、小さな紙袋を掴む。

そして、驚いたように起き上がる純くんへ、それを差し出した。


「ハッピーバレンタイン!…アンド、バースデー!!」


そう言うと、彼は「誕生日、ついでみたいだな」と言って。

紙袋を受け取る王子様は、嬉しそうに笑ったのだった。







その日の放課後、帰り道。


色んなことを、純くんから聞いた。

血液型はAB型、好きな食べ物はぶどうで、嫌いな食べ物はトマト。

中学ではサッカー部に入っていたこと、理数系が得意で、英語が不得意なこと。

あとは、よく聴く音楽とか、犬が好きだとか、色んなことを、たくさん。


…純くんのお家のことも、聞いた。

ずっと気になっていたんだけど、訊けなくて。

でも、彼は意外にもさらりと、話してくれた。

お家はお金持ちで、お手伝いさんもいるけれど、ご両親はほぼいつも留守であること。

お母さんは弁護士で、お父さんは大手会社のお偉いさんで。




そのお母さんは実母ではなくて、お父さんの再婚相手であること。

実のお母さんは純くんがまだ幼い時に、家を出て行ってしまったこと。

それらを話す純くんの顔は、少し寂しそうだった。



「話してくれて、ありがとう」


私の家の前で来て、お礼を言った。

なんだか純くんの誕生日なのに、私の方がいっぱいもらっちゃったな。

笑いかけると、優しい笑みが返ってくる。

…嬉しい、なぁ。

「…ん。今度、色葉のことも教えてよ」

「うん」

そうして彼は、手を振って。


「バイバイ」

「うん。バイバイ、また明日!」


…少しずつ、近づいているかな。


王子様の隣が似合うような、そんな女の子に。

…眠りから覚めたら、その瞳を綺麗に輝かせることができるような。


きっとそんな、お姫様に。






Fin.



「あはははは!唯人、馬鹿だろー!」


教室の真ん中の、いちばん騒がしいところ。

人が集まって、わいわい話をしてる。

男子だけじゃなく女子まで一緒になって、楽しそうに。

その中心にいる男の子が、大きな口を開けて、これまた大きな声で笑った。

「いや、も、おかしいって!ゆいと、おかしいって!あははっ、腹いってえ!」

ほんと、こっちが清々しくなるくらい、爽快に笑うよなぁ。

なんて、遠巻きに見つめながら思う。

目の前で、この前彼女に振られたという話をする日野唯人くんに、彼は大袈裟なほど笑う。

それにつられて、周りも笑う。

彼女に振られて悲しいはずの日野くんも、おかげで笑い話になったからか、吹っ切れたように笑っていた。

…彼が笑えば、みんな笑う。

楽しそうに、笑う。


「…ほんと、素敵。ね、さゆり」


隣で携帯を触りながらお弁当を食べる親友の吉澤さゆりに、私はふふっと笑って言った。




「……そーだねえ」

けれどさゆりの視線は、携帯の画面に向けられたまま。

返事も、てきとー。

私はむっとして、携帯を覗き込んだ。

液晶に映るのは、メールの画面。

宛先、『けんちゃん♡』。

この前できた、彼氏さんだ。

さゆりはにやにやしながら、「やだ、見ないでよお」なんて言う。

私は益々頬を膨らませた。

さゆりは最近、彼氏さんにぞっこんだ。

まだ付き合って二週間だから、浮かれ気味なのかもしんないけど。


私はちらりと、今度は別の話で盛り上がっている彼のほうを見た。

…私とさゆりは、彼、川原葉くんのことが好き、…だった。

私も彼女も彼をずっと遠くから見つめて、憧れていて。

ふたりでこっそりと彼に恋をしていた。

…のに。

さゆりは、いつの間にか他のクラスに彼氏をつくっていた。




完全なる事後報告だ。

女の子って、どうしてこうもころりと好きな人を変えられるんだろう。

「仕方ないじゃーん。好きになっちゃったんだもん」

なんて乙女っぽいことを言って。

さゆりはやっぱり携帯を見つめながら、いつものように言うのだ。


「まぁ、理紗も頑張りなよー。それか、もう葉くんは卒業するとかさ」

…と。

卒業って、なによ。

私は純粋に、憧れてるだけなのに。

私はひとつ、ため息をついた。

教室の中心で、彼の大きな笑い声が聞こえる。

川原葉くん、同じクラスのムードメーカー。

いつも楽しそうに笑っていて、友達も多くて。

そんな彼に恋をしている女の子は、もちろん私だけじゃない。

いろんな女の子が彼の笑顔に惹かれて、彼を見つめている。

私のように遠くからだったり、彼がつくる人の輪の中のなかでだったり。

彼は見た目もいいから、それはそれはモテるのだ。





そんな彼に、あまり目立つ方じゃない私なんかが釣り合うとは思っていない。

わかっているから、こうやって遠くから見つめているのだ。

特別可愛いわけでも、お喋りが上手なわけでもない。

葉に恋する、多くの女の子のなかのひとり。

滅多に話せることなんてないし、葉にとっても、私なんかただのクラスメイトとしか思っていないはずだ。

こう、顔がぼやーっと出てくるくらいの、そんな認識かもしれない。

それでも、よかった。

さゆりとふたりで彼を見つめているのは楽しかったし、抜け駆け禁止、なんて言い合ったりしていたから、彼に近づく一歩を踏み出す勇気も必要なかった。




だけどさゆりに彼氏が出来て、彼に近づく一歩を踏み出す足に縛りがなくなって。

あげく彼女に『頑張って』なんて言われてしまっている、今。


私の足は、やっぱり動けずにいるのだった。






そんな私に事件が起こったのは、三月の始めだった。


もうすぐ、一年生が終わるっていう時期の、休日。

学年末のテストも終わって、気が楽になっていた私は、土手で絵を描いていた。


ちゃぽん、とバケツに筆を入れて、伸びをする。

軽いスケッチを終えて、下塗りの途中である絵を見た。

大きな橋と、その下でゆらゆら流れる河と、遠くに見える高い建物と。

そういう、なんでもない素朴な風景を描くのが好き。




緑がいっぱいの田舎町とか、古い商店街とか。

特別綺麗な場所ではないけれど、暖かみがあるような、そんな景色。


久しぶりのお絵描きに、思わずひとりでふふっと笑ってしまった。

絵の具が乾くまで、川の近くをとぼとぼ歩く。


…絵を描くことは、私の唯一の趣味。

それこそ地味だって言われるかもしれないけど、目立たない私にはお似合いかもしれない。

…あーあ、私ももうちょっと、可愛かったらなぁ。

色葉やミオみたいに、特別可愛かったら。

自信を持って、葉に話しかけることも出来るだろうに。

ミオとお弁当を食べてると、何度も綺麗だなぁって、思う。

羨ましいなぁって、思う。

いいなぁ、いいなぁ。

私も別に、性格が暗いってわけじゃないと思うんだけど。

いつの間にか、さゆりに彼氏が出来て。

色葉とミオにも彼氏が出来て。

他にも、仲の良い子達はみんな楽しそうに恋をしている。