む、と唇を尖らせていると、「あとは?」と言われた。
「…あとは、なんかないの?してほしいこと」
…して欲しいことでは、ないけれど。
私はひとつだけ思い当たったことを、口にした。
「…もっと、純くんのこと、知りたい」
彼は一瞬目を見開いたあと、何故かにやっと笑った。
「…何?それって誘ってんの?」
「違うわ馬鹿ーー!!」
なんでそーなるー!?
純くんの「ハイハイわかってますよ」という言葉に本当かなあと思いつつ、私は「なんでもいいの」と言った。
「血液型とか、好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とか。なんでもいいの。知りたいの」
駄目?と言うと、純くんは穏やかに目を細めて、ううん、と言う。
「…いいよ。今日の帰り、いっぱい話そう」
「うん!」
そう返事をして、私はあることに気づいた。
純くんの上から飛び退いて、小さな紙袋を掴む。
そして、驚いたように起き上がる純くんへ、それを差し出した。
「ハッピーバレンタイン!…アンド、バースデー!!」
そう言うと、彼は「誕生日、ついでみたいだな」と言って。
紙袋を受け取る王子様は、嬉しそうに笑ったのだった。
*
その日の放課後、帰り道。
色んなことを、純くんから聞いた。
血液型はAB型、好きな食べ物はぶどうで、嫌いな食べ物はトマト。
中学ではサッカー部に入っていたこと、理数系が得意で、英語が不得意なこと。
あとは、よく聴く音楽とか、犬が好きだとか、色んなことを、たくさん。
…純くんのお家のことも、聞いた。
ずっと気になっていたんだけど、訊けなくて。
でも、彼は意外にもさらりと、話してくれた。
お家はお金持ちで、お手伝いさんもいるけれど、ご両親はほぼいつも留守であること。
お母さんは弁護士で、お父さんは大手会社のお偉いさんで。
そのお母さんは実母ではなくて、お父さんの再婚相手であること。
実のお母さんは純くんがまだ幼い時に、家を出て行ってしまったこと。
それらを話す純くんの顔は、少し寂しそうだった。
「話してくれて、ありがとう」
私の家の前で来て、お礼を言った。
なんだか純くんの誕生日なのに、私の方がいっぱいもらっちゃったな。
笑いかけると、優しい笑みが返ってくる。
…嬉しい、なぁ。
「…ん。今度、色葉のことも教えてよ」
「うん」
そうして彼は、手を振って。
「バイバイ」
「うん。バイバイ、また明日!」
…少しずつ、近づいているかな。
王子様の隣が似合うような、そんな女の子に。
…眠りから覚めたら、その瞳を綺麗に輝かせることができるような。
きっとそんな、お姫様に。
Fin.
「あはははは!唯人、馬鹿だろー!」
教室の真ん中の、いちばん騒がしいところ。
人が集まって、わいわい話をしてる。
男子だけじゃなく女子まで一緒になって、楽しそうに。
その中心にいる男の子が、大きな口を開けて、これまた大きな声で笑った。
「いや、も、おかしいって!ゆいと、おかしいって!あははっ、腹いってえ!」
ほんと、こっちが清々しくなるくらい、爽快に笑うよなぁ。
なんて、遠巻きに見つめながら思う。
目の前で、この前彼女に振られたという話をする日野唯人くんに、彼は大袈裟なほど笑う。
それにつられて、周りも笑う。
彼女に振られて悲しいはずの日野くんも、おかげで笑い話になったからか、吹っ切れたように笑っていた。
…彼が笑えば、みんな笑う。
楽しそうに、笑う。
「…ほんと、素敵。ね、さゆり」
隣で携帯を触りながらお弁当を食べる親友の吉澤さゆりに、私はふふっと笑って言った。
「……そーだねえ」
けれどさゆりの視線は、携帯の画面に向けられたまま。
返事も、てきとー。
私はむっとして、携帯を覗き込んだ。
液晶に映るのは、メールの画面。
宛先、『けんちゃん♡』。
この前できた、彼氏さんだ。
さゆりはにやにやしながら、「やだ、見ないでよお」なんて言う。
私は益々頬を膨らませた。
さゆりは最近、彼氏さんにぞっこんだ。
まだ付き合って二週間だから、浮かれ気味なのかもしんないけど。
私はちらりと、今度は別の話で盛り上がっている彼のほうを見た。
…私とさゆりは、彼、川原葉くんのことが好き、…だった。
私も彼女も彼をずっと遠くから見つめて、憧れていて。
ふたりでこっそりと彼に恋をしていた。
…のに。
さゆりは、いつの間にか他のクラスに彼氏をつくっていた。
完全なる事後報告だ。
女の子って、どうしてこうもころりと好きな人を変えられるんだろう。
「仕方ないじゃーん。好きになっちゃったんだもん」
なんて乙女っぽいことを言って。
さゆりはやっぱり携帯を見つめながら、いつものように言うのだ。
「まぁ、理紗も頑張りなよー。それか、もう葉くんは卒業するとかさ」
…と。
卒業って、なによ。
私は純粋に、憧れてるだけなのに。
私はひとつ、ため息をついた。
教室の中心で、彼の大きな笑い声が聞こえる。
川原葉くん、同じクラスのムードメーカー。
いつも楽しそうに笑っていて、友達も多くて。
そんな彼に恋をしている女の子は、もちろん私だけじゃない。
いろんな女の子が彼の笑顔に惹かれて、彼を見つめている。
私のように遠くからだったり、彼がつくる人の輪の中のなかでだったり。
彼は見た目もいいから、それはそれはモテるのだ。
そんな彼に、あまり目立つ方じゃない私なんかが釣り合うとは思っていない。
わかっているから、こうやって遠くから見つめているのだ。
特別可愛いわけでも、お喋りが上手なわけでもない。
葉に恋する、多くの女の子のなかのひとり。
滅多に話せることなんてないし、葉にとっても、私なんかただのクラスメイトとしか思っていないはずだ。
こう、顔がぼやーっと出てくるくらいの、そんな認識かもしれない。
それでも、よかった。
さゆりとふたりで彼を見つめているのは楽しかったし、抜け駆け禁止、なんて言い合ったりしていたから、彼に近づく一歩を踏み出す勇気も必要なかった。
だけどさゆりに彼氏が出来て、彼に近づく一歩を踏み出す足に縛りがなくなって。
あげく彼女に『頑張って』なんて言われてしまっている、今。
私の足は、やっぱり動けずにいるのだった。
*
そんな私に事件が起こったのは、三月の始めだった。
もうすぐ、一年生が終わるっていう時期の、休日。
学年末のテストも終わって、気が楽になっていた私は、土手で絵を描いていた。
ちゃぽん、とバケツに筆を入れて、伸びをする。
軽いスケッチを終えて、下塗りの途中である絵を見た。
大きな橋と、その下でゆらゆら流れる河と、遠くに見える高い建物と。
そういう、なんでもない素朴な風景を描くのが好き。
緑がいっぱいの田舎町とか、古い商店街とか。
特別綺麗な場所ではないけれど、暖かみがあるような、そんな景色。
久しぶりのお絵描きに、思わずひとりでふふっと笑ってしまった。
絵の具が乾くまで、川の近くをとぼとぼ歩く。
…絵を描くことは、私の唯一の趣味。
それこそ地味だって言われるかもしれないけど、目立たない私にはお似合いかもしれない。
…あーあ、私ももうちょっと、可愛かったらなぁ。
色葉やミオみたいに、特別可愛かったら。
自信を持って、葉に話しかけることも出来るだろうに。
ミオとお弁当を食べてると、何度も綺麗だなぁって、思う。
羨ましいなぁって、思う。
いいなぁ、いいなぁ。
私も別に、性格が暗いってわけじゃないと思うんだけど。
いつの間にか、さゆりに彼氏が出来て。
色葉とミオにも彼氏が出来て。
他にも、仲の良い子達はみんな楽しそうに恋をしている。