「へえ~、きんがこれを…?!この前まで包丁もまともに握れなかった奴とは…思えんな。」
この日の食卓で……
鍋をつつく倉橋くんが、オーバーに驚いて見せた。
「野菜を切るくらいだもん、できるよ、そりゃあ……。」
そう言いながら…、次第にむなしくなってきた。
「それにしても…、倉橋くん。随分沢山買ってきてくれたよねー……。気がきくな。」
帰ってきた倉橋くんは……両手にレジ袋を下げて、水やら食料やらを…買ってきてくれた。
「いや、珍しく瀬名からメール来てさ。なにかと思ったら、この辺が停電になってるって…教えてくれたんだよ。」
「………。セナくんが……?」
いつのまに……。
「気が利くわね~、セナくん♪」
母はのんきにも……
まだそんなことを言っている。
「………で?驚いたか、きん。」
「……へ?」
「今日ここに…アイツ、来ただろ?」
「…………。……まあ……。」
「……惚れンなよ?」
「………。何でみんなしてすぐ…恋沙汰にしようとするかなあ……。そう簡単に、惚れないし。」
「いや…な、お前は……いい奴だ。いい女かは別として…、傷ついたら可哀想だし。」
「…………。失恋前提かい。」
「そりゃあ……そうだろう。」
「…………。」
「でも…、ホントはいいやつだからな、アイツ。」
「………。悪い奴だなんて…言ってないじゃん。」
「………。惚れたか?!」
「………。何でやねん。」
……その時だった。
途端に、部屋に明かりが点り、その…眩しさに。
その場にいる全員が…目を細めて。
一斉に…
手を翳した。
明るい部屋に……
温かい鍋を囲んだ…いつもの、光景。
数時間前には、暗がり中で……
あの人と、手探りするようにして…二人一緒の時間を過ごしていた。
今にして思えば、
夢の中に…いるみたいだった。
もし、今……
ここにあの人がいたのなら。
アンタはどんな顔をしていたのだろう。
暗闇に消えていった、背中が……
ここに戻って来る日が……
待ち遠しくなった。