瀬名君、胸が苦しい。


苦しいよ。


「ごめんな、優月。

俺が送ってやらないといけないのに、逆に送ってもらって」


「いいよ。ちゃんと帰れるから…」


「ごめんな…。

今日は俺、ダメっぽい…」


そう言って少しの間、目を閉じる瀬名君。


「うん。じゃあ、私帰るね」


「ごめんな、優月」


私は首を横に振った。


瀬名君は少しだけ口角を上げて、家の中へと入って行った。


玄関のドアがパタリと閉まると、私はなんだか動けずに、その場に立ち尽くしていた。


でも、いつまでもそうしてはいられないので、私は一度深呼吸をしてバス停へと向かった。


10分ほど待つとバスが来て、後ろの方のシートに座ると、私はすぐに目を閉じた。


目を閉じた瞬間に、瀬名君に抱きしめられた感覚が全身を包み込んだ。


夏の名残りを残した9月の風は、息が苦しくなるほど私達をぐるりと取り巻いて。


せつなくて、悲しくて。


抱きしめられたまま、さらわれてしまいそうだった。